ナルト好きブログ!(NARUTO考察・雑考)

NARUTO-ナルト-の考察(伏線、言葉、人物考察などなど!)続行中!

NARUTO考察・「サスケとはオレが闘る」・・・「戦」ではなくて「闘」である理由

「サスケとはオレが闘る」・・・なぜ「戦」ではなくて「闘」なのか?という話。

イメージ 1
 

486話最後にナルトが言った、「サスケとは オレが闘(や)る」。
 
サスケと拳を交わしたあと、ナルトはずっと「闘」の字を使ってるんです。「戦」ではなくて。
今日のお題は、どうしてナルトは、「闘る」と言っているんだろう?という話です。
 
岸本先生の文字の使いわけ、これがまた細やか! うちは一族の顔の描き分けw同様に、巧く使い分けておられる。 漢字の使い分け、そして漢字とカタカナの使い分けも、です。
たとえばですが、《漢字とカタカナ》の使い分けについては前にもチラッと触れた「スサノオ」を例に取ると・・・

スサノオ」を知らなかった人が、はじめて「スサノオ」と聞いたときには 脳内でスサノオ=須佐能乎という転換ができない。
イタチが須佐能乎を使った時、サスケに「オレの最後の切り札を見せてやろう・・・須佐能乎だ」と言うんですが、サスケの反応は、「・・・・スサノオ・・・?」(漢字転換無し)
そして今度は サスケが会談場で「第3の力・・・ 須佐能乎だ」と言った時の、我愛羅の反応が、
スサノオだと・・・?」  これまた漢字転換無し。
つまりサスケと我愛羅は、「スサノオ」を あの時までは知らなかった、ということがわかるのです。
ところが「スサノオ」を前から知っていた人の場合・・・
カカシはサスケの須佐能乎を初めて見たはずのに「それが須佐能乎ってやつか」と漢字を使って話しているんですよね。カカシの脳内では「スサノオ=須佐能乎」と漢字転換されている・・・・  ということは、カカシは既に 須佐能乎を文献等で知っていたらしい・・・ということがわかるのです。
 
ま、つまりは カタカタ表記は「よくわからない!」ってことを語っているわけですw
ナルトも難しい説明を聞くとこうなっていたし・・・・
 
イメージ 2
 

 
・・・・さて、「たたかう」という言葉に話を戻しますが・・w
 
ナルトにとって、もうこれは一生忘れられない!であろう・・・サスケの言葉があります。それは
 
   「オレはお前とも闘いたい・・・・」 (8巻、66話中忍試験のとき)
 
忍者としても仲間としても、そして友達としても・・・ 「やっとサスケに認めてもらえるかもしれない」ところまで辿り着いた・・・そんな気分だったでしょうか?
そして、今もナルトは この言葉を大切にしている。
 
この時サスケが言ったのは、「戦いたい」 ではなくて 「闘いたい」 なんですよね。
じゃあ、『戦う』と『闘う』の違いは何なのか? 
ということでゴチャゴチャ調べてみたんですが、大雑把にいいますと←いい加減

「戦」という漢字は武器を意味していて、戦うというのは戦争など、武力で敵を倒すこと。
「闘」という漢字は2者が組み合うことを表し、困難を克服したり乗り越えることを指すらしいです。
 
サスケが言った「闘いたい」は、「2者=ライバル」が向き合うこと。ナルトというライバル(壁)を乗り越えたい、っていうことなんだろうと思うのです。ナルトを敵としてブッ潰したいってわけではなくw ライバル同士として堂々と向き合いたい・・・ つまりサスケはナルトを「越えるべき壁」として認めた、ってことになるのです。
 
ところが、中忍試験・木ノ葉崩しのあと・・・これが微妙~に変化していっちゃうのですね・・・。
 
木ノ葉崩し直後にイタチと再会したサスケは 月読を喰らって自分の弱さを痛感するのですが・・・  一方でどんどんと強くなっていくナルトを見て、強烈な焦りと嫉妬を抱いてしまう。
そしてナルトをライバルではなく「憎い、倒したい敵」としてに見るようになってしまうのだ。
 
「オイ ナルト・・オレと今から・・・戦え!・・・・  いいから 戦え!
その挑発にナルトも乗ってしまう。「オレもお前とりたいと思ってたとこだ」(20巻)
 
闘え、じゃないのですね・・・・戦え、なのです。 「武器」で敵を倒すための戦い、です。
 
でも、ナルトのほうは・・・ 病院の屋上に立った時、 サスケの「お前と闘いたい」という言葉を思い出してドキドキしていたんですよね。「やっと・・・ついにその時が来たのかー!?」みたいな。
でも・・・実際にサスケと向き合うと、それは「闘い」じゃなくて ただの感情的な「戦い」でしかなかった。
2人はついに、あの時の「最強の武器」である螺旋丸と千鳥をぶつけそうになった。間違えばお互いを殺してしまいかねないほどの威力で。
 
そして、あの病院の屋上での「戦い」を思い出して・・・・・終末の谷でナルトは言うのです、
「あんなのオレのやりたかった戦いじゃねぇ・・今だって・・」(25巻)
 
ナルトを倒す「戦い」をしたかったサスケと、ライバルとして認め合う「闘い」をしたかっただけのナルト。
あの時から 2人の「たたかい」の認識に、ズレが生まれていく。。。
 
そして再会したサスケとナルト。2人が拳を交わして見たものは、
「お前とオレが戦えば・・・・2人とも死ぬ」ということだった。
・・・っていうことは。
『戦う』・・・つまり2人が敵として向き合い「武器で戦えば」2人とも死ぬ、っていう意味なのだろうか。 武器・・・今の彼らにとって最大の武器、それは九尾の力と須佐能乎の力。
 
ナルトが、サスケに見た「あいつの中にも・・」。
サスケの中に潜む、自分ではコントロールできないほど巨大なる闇の力(須佐能乎)。
ナルトが九尾を完全にコントロールできずに暴走するように、サスケも憎しみに捉われると闇のチャクラをコントロールできない。 2人がコントロールできていない力を武器にして戦ったら、二人は死んでしまう。
 
「サスケとは オレが闘(や)る」(486話)
ナルトは「オレが戦(や)る」と言わなかった。 戦ったのでは二人とも死んでしまうのだ。
「一緒にあの世に行ってもいい」覚悟はしているものの、ナルトが望んでいることは2人で死ぬことじゃあない。
ナルトはまだ「諦めてねェ」。

ナルトが選んだのは、戦うのではなくて「闘う」・・・・
つまりサスケを倒す目的ではなく、 サスケを受け止め 互いを認め合うことを目的としてサスケに立ち向かう。 それが困難を伴うものであっても、必ず乗り越える・・・その闘い。
「オレが闘る」というのは、そういう宣言だったんじゃないのかな。
 
その後のナルトは徹底して「闘う」と言い続ける。 戦うとは言ってない。
「今のサスケとは誰も闘っちゃダメだ 闘えるのはオレしかいねー・・そういう意味だ」(488話)。
 
ナルト自身は「闘」と「戦」の違いを認識して しゃべっているのだが、 
聞いている仲間達の耳に伝わるのは《 誰もやっちゃだめだ たたかえるのはオレしかいねー》。
ナルトがどっちの意味で言っているのか?なんてわからないw (だから都合がいいw)
 
そして、ナルトにとってこの「闘い」は、サスケを救うためだけではなく、自分自身の存在を賭けた闘いでもあるのだ。 
「オレってば、・・・まだお前にちゃんと認めてもらってねーからよ!」
あのときの「オレはお前とも闘いたい」・・・・・でもまだその闘いは実現していない。サスケときちんと闘って、サスケに認めてもらわない限り・・・・・ナルトは自分の存在を認められないのだ。
 
第1巻、第七班最初の自己紹介の時 「里の奴 全員に オレの存在を認めさせてやるんだ!」と宣言したナルト。
このセリフ、実は「全員」 のところに「点」がふってあって 強調されているのだ ・・・。
 
今のナルトは「ペインを倒した英雄」になって、里の皆に認められている。ナルトの夢は、ほぼ達成されたようなものなのだが・・・・・でもまだ肝心のサスケには認めてもらっていない。サスケにも認めてもらわない限り「全員」にはならないのだ。
 
「サスケはオレが闘る」・・・・ 「全員、にオレの存在を認めてもらう」ためにも、ナルトはサスケと「闘わないと」いけないのだ。倒すための戦いではなく、認め合うために困難に立ち向かう「闘い」を!