ナルト好きブログ!(NARUTO考察・雑考)

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NARUTO-ナルト- 576:再会の道標 今週のジャンプ・ナルト感想 (WJ14号) ・・・その2

NARUTO 576:再会の道標 (その2)

(その1の続きです)
 
2.サスケにとっての「アンタ」
 
我に返ったサスケ…止まらないイタチに須佐能乎の手を使って止めようとしましたが・・
《須佐能乎の「手」を同時にぶつけ合う兄弟》って・・・これ何気に凄い光景ですよね。かつてのマダラとイズナもこんなだったのかなぁ・・;
そしてコレ先週も書いた気がしますが(ボケてる訳ではない)、改めてナルトの九尾チャクラの手の使い方にそっくりだな~と・・・。 須佐能乎のほうは骨組みでいかにも「器(想像の具現化)」、尾獣チャクラのほうは「生命力」そのもの・・・・2つをぶつければピッタリ重なって「なにかの」完全体になりそうなんですけどね;
 
『まさかお前までコレ(須佐能乎)を使えるようになっているとはな…』 
 
イタチは「まさか」と言ってはいるけれど、ん~1つ前の「・・・」でジ~ッと(冷静に)須佐能乎を観察してるんですよね。だから本当は予想通りと思って見ていたんじゃないだろうか。でも、今はまだ「やはりな・・オレが考えた通りになったな」とは言えない事情が何かあるんだと思うんです(それにサスケは兄さんの敷いたレールの上を行くのは嫌がりますよね;)。
サスケの前でのイタチは「今までどおりのイタチ」・・・まだかなり「演技」もしてるように見えるんですよね・・・。
この前ナルトの前に現れたイタチは 驚くぐらい自然体で・・読者としてはかなり「ェェェ」な新発見な面もあったりでしたけど)
 
『なぜアンタがここに居る!?死んだハズだ!!』
『アンタがこうしてオレの目の前に居る… 聞きたいことが山のようにある!!』
 
アンタアンタって・・・・相変わらずの「アンタ」呼ばわりですねぇ;
 
実は《もしサスケがイタチに再会したらイタチをどう呼ぶのか?》・・・これもちょいと気になってました。 
「兄さん」というのか、「アンタ」なのか・・・。 
そして刺々しい態度で出るのか・・・あるいは甘えたい感情が表に出るのか・・・。
 
このアンタ扱いは《自分に大切なことを内緒にしていた人に心を許すものか》とムキになってる強がりを感じちゃいます。とても兄さんとは言える気分じゃあないんでしょうか;
 
『アンタが言ったんだ!』
『オレと同じ眼を持ってオレの前に来いと!』
『ならなぜ逃げる!?オレに嘘をついた後ろめたさか!?それとも真実を語る勇気がないからか!?』
 
あ~あ、噛みつくみたいに吠えまくりましたね~サスケ。「後ろめたいのか」とか「勇気がないのか」とか、まぁ次々と責め立てる言葉が出てくることよ・・・兄弟ケンカを売ってるというか、完全に冷静さを失ってますよね。
「アンタ」という距離を置くような言い方をしてはみたけれど、言ってる事は兄さんに甘えたくて、構って欲しくてたまらない・・・そんな気持ちが露骨に出ちゃってますね。こんなに次々要らんことを言って煽ろうと必死になる・・・その気持ちはわかるんだなコレ(私もケンカする時はこのパターンだから。苦笑)
 
サスケにとって一番辛いのは、イタチが自分に何も真実を語ってくれなかった事だと思うんです。
なかなか全てを見せてくれない・・・・チラチラッとしか真実を見せてくれない、まさに「チラ見せ」の焦らしのテクニック。 読者にとっては魅力的だけど、でもサスケにとってはストレスが溜まるだけだろうなぁこれ・・・;
いつも上手くはぐらかされる…サスケにとってのイタチはずっと「遠い背中」で、追いかけても追いかけてもするりと躱されてしまう・・永遠にその距離は縮まらない。
 
前に戦った時、サスケは「イタチと同じ眼(万華鏡)」を持っては行かなかった…それはイタチに言われた手段で力を手にしたくなかったからですが、イタチの真実を知った後 疑問が生じていたんでしょうか・・・《なぜイタチは自分を遺したのか、本当は何を自分に望んだのか》。そして「万華鏡を持って行かなかったこと」を後悔していたのかもしれません・・イタチは何か重大な事を隠していることに、サスケは何となく気づいているんじゃないだろうか。
 
『オレはもう・・・アンタの全てを知ってる…!』
『だからオレは木ノ葉を潰すと決めたんだ!』
 
「だから」って・・・・ これって「自分がこういう結論になっちゃったのはアンタのせいだ」と言ってるようなもんですよね;
 
自分が望んでこんなことしてるわけじゃない・・・だからアンタがオレを止めてくれと言いたいんだろうか。
「木ノ葉を潰す」とでも言えば、イタチは反応して自分にかまってくれるかもしれない・・サスケはそう思ってるんじゃないんだろうか。
この前も《兄さんの眼に焼き付ける光景はことごとく酷たらしいものになる》なんたらとか言っていたし、サスケはイタチの感情を逆撫ですることで振り向かせようとしている。
 
もうイタチは死んでしまって二度と会えない・・・だからイタチは何をしても答えてはくれない。
もしサスケが「イタチが望んだ通りの道」に進んだら イタチはただただ天国から笑って見てるだけかもしれない・・・相変わらずの「あの最後の微笑み」で。
だけどイタチが望んでいない事をすれば、イタチは自分を止めようとして構ってくれるに違いない・・・サスケはそんなふうに考えちゃってるのではないだろうか。
 
小さい子が親に構って欲しくって、自傷行為をすることがある(わざと頭をぶつけて泣いたりとか)・・という話を聞いたことがあります。何だか、サスケのはそれに似てるなと; 兄さんが振り向いてくれないから、騒いでやる・・・困ることをしてやる・・・そういうレベルなのだろうか?サスケのイタチに対する精神年齢は7歳のあの時で止まっちゃってるような気もする・・・。
 
51巻でカカシに再会した時も、サスケは「イタチを・・父を・・母を・・一族をここへ連れてこい!そしたらそんなもの止めてやる!!!」と子供っぽく叫んでましたよね。イタチの真実を知ってから、サスケはなんだかなぁ・・・『本当は甘えられる人』の前では7歳児になってしまう。
イタチが自分には何も教えてくれなかった、つまりいつまでも子供扱いされてる事が気に食わないってのもあると思うんです。だけどそれに対する反抗の仕方が7歳児。
 
・・・・いや、サスケは7歳のあの時で《止めたい》のかもしれない。
 
サスケはナルトにじゃなくって、イタチに振り向いてもらいたい・・・イタチに止めてもらいたいんですよね。
そして7歳のあの時で「止めたい」・・・それは「オレの夢は過去にしかない」ってまだ思ってるからなのかもしれません。サスケは過去を取り戻したい・・・その気持ちを考えると、サスケが不憫に思えてならない・・。
イタチもサスケの気持は分かってるだろうし、出来るなら立ち止まって優しい言葉もかけてやりたいのかもしれない・・・。だってあんなに弟想いの兄さんなんだから・・・
 
《泣くなサスケ・・・何があってもお兄ちゃんが絶対守ってあげるからな・・・》
 
九尾事件の夜、赤ちゃんサスケをあやしながらこんなことを言っていた5歳のイタチ。今もイタチの中でその気持ちは全く変わることは無いと思うんですよね。
 
でもイタチはサスケの「超えるべき壁」として在り続けなければならない・・それにまだ真実を語るわけにはいかない「何らかの事情」を抱えているのだろうし、後はナルトに任せると決めている。そして本来「死人である自分」は手出しはしない・・・それが今のお兄ちゃんが弟にしてやれる『最大の愛情』なのかもしれません。
 
3.その現実は・・・
 
『お前と戦った時言ったハズだ…』
 
『人は思い込みの中で生きている・・・そうは考えられないかと』
『その現実は幻かもしれないと・・・』
 
『オレの真実が本当に…』
 
おっと、ここで出ましたか・・・例の「人は思い込みの中で生きている」・・・42巻サスケ戦の始まりにイタチが言った台詞です。
 
前からこの雑考を読んでくださってる方はご承知と思いますが、イタチの数ある気になる言葉の中でも特にこれが気になって気になって・・・しかたないんです;何か重要な意味を持っているのではないかと。
二代目水影戦あたりから「幻術」がクローズアップされ始め、「いま見えているのは幻だ!」なんていうチョビ影様のご発言等々もあり・・・このイタチの言葉が思い浮かぶことがしばしばです。
 
もっとも42巻では「マダラが死んでいるというのはお前の思い込みだ」・・という話につなげていたのですが、イタチが本当に言いたかったのはその事だけじゃないんですよね。
ど~やら「やはり」うちは事件には、サスケが認識してるのとは違う真実があるのはほぼ確実なのではないでしょうか(なんて言っていいのか?w)
 
イタチには確かに、目的があってサスケを残しサスケの写輪眼を育て(封印を全解除させて鷹の眼に到達させる)、何かを成させようとしている・・・
だけどそれは「サスケ本人にだけは」伝えられない計画なんじゃないでしょうか。
 
『オレはもう幻の中には居ない!!アンタの幻術を見抜ける!』
『これはアンタの眼だ!!』
 
『・・・・』
 
イタチは「・・・・」なんてサスケを見やってますが《やっぱり見抜けてない》事を確認したみたいですね;サスケの眼はまだ光が見えていない・・・と。
 
しかし《幻と現実を見抜く》・・・これはどんなに「優秀な道具」である写輪眼をもってしても簡単には見抜けるもんじゃないのかもしれません。
 
イタチの発言からも うちは事件の時、サスケが見た光景(つまり読者が知っている「あの事件」の光景)は全て幻術であった可能性は高いと思うんです。全てはサスケがうちは居住区に入ってすぐ・・・『電柱にいたイタチらしき人物と満月を見た瞬間』から始まってるのですから。 
 
あの幻は何だったのか、そしてどこまでが幻だったのだろう・・・。
 
この前、ヒナタが「偽ナルトと本物ナルト」の区別を一瞬にして判別してましたよね・・・何の迷いも無く。
ヒナタより優秀な白眼を持ってるハズのネジですら見抜けなかったのに、ヒナタはすぐに「ナルトくんだよ・・・目を見れば分かる」と瞬時に本物を見抜いた。
 
ヒナタのまっすぐな心が見る眼は「光を見る眼」なんでしょうか。ナルトの目に宿る意志・・・光つまり「現実」を見抜く、それがヒナタには出来るのだと思います。
でもサスケの眼は「闇を見る眼」・・・闇の意志を見る眼であって、幻はよく見えるけれどイタチの真実の姿(光の意志)は見えないのでしょうか。
 
 
 
すみません、その3に続きます・・;
今週は長文誠に申し訳ないです・・・(なかなかマダラさんのところまで辿り着きませんが・・行きますw)