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なぜ、ガイとナルトはカカシの「理解力」と言ったのだろうか・・?(本当の「理解」について)

なぜ、ガイとナルトはカカシの「理解力」と言ったのだろうか・・?

596話でも見せてくれた「カカシの優れた分析、作戦構築」。これはカカシの十八番と言いますか、角都戦でもペイン戦でも見せてくれましたよね。敵が手の内を見せるまで待って、分析して最善策を考える。 
カカシの冷静な分析と的確な判断力は仲間を何度も救い、仲間からも信頼され・・これはカカシが「六代目火影候補」に推された理由の1つでもあると思っています。
 
カカシの「洞察眼」はイタチも認めるところで、イタチの攻撃手順を読んで防いだカカシに「さすがカカシさん、洞察眼はかなりのものですね」なんて言ってましたっけ(16巻で)。 そしてトビにもはたけカカシ・・よく見抜く いい眼を持ってるな」(567話で)なんて言わせているんです。
カカシは子供時代から既に「洞察」に関しては抜きんでた能力を持ってたと思うんですが、写輪眼を手にしてからは、さらに洞察眼を活かしてその能力を高めていったのかなと思っています。
 
第567話でも、ガイと共に増援に来たカカシは早速その優れた能力を見せているんですよね。ナルトがしどろもどろな、よく分からない状況報告・・・「あ、あいつ!写輪眼で輪廻眼がつながってて左眼と右眼で!左の胸に杭が刺さってて えっとえっと」なんて訳わからんこと言うんですが、それだけでカカシは『右眼が写輪眼 左眼が輪廻眼 左胸にペインと同じ杭か・・なるほどね』とササっと分かっちゃうんです。で、ガイが・・
 
『さすがだなカカシ、すごい理解力だ』
 
なんて感心しちゃうんです。 ン・・? 「理解力」? 
 
カカシの能力についての表現で、『理解力』という言葉が使われるのは(たぶん)これが初めてだと思うんですよね、たぶんなんだけど・・。だから何だか軽い違和感を感じたんです。
でも確かに、この場合は ナルトの意味不明な言葉だけで状況を把握したのだから『理解力』が適当なのかもしれないな・・・とも思ってたんです。だけど、そのあとカカシがトビの能力を「分析(推測)」した時にもナルトが言ったんですよね、
 
『さすがカカシ先生 またまたすごい理解力!』 と。
 
アレっ、ここでもまたまた「理解力」? 
 
敵の能力を分析して見せたのだから、普通こういう場合は『分析力』だとか『洞察力』でしょーよ、なんて突っ込みたくなったのですが、まぁ・・ナルトだから「難しい言葉」は使わないよね・・なんて流しておりました。 
 
それでも、やっぱり気になったんですよね・・・岸本先生が何故ここで『理解力』という言葉を使われたのか、ということが。 
 
洞察眼とか分析力とかじゃなくて、今まであまり使われなかった「理解力」という言葉を、どうしてここでガイとナルトに言わせたのだろうか?と。 なんか・・モヤモヤっと気になってしまった。 こういうのが、やたら気になるのが私の悪い癖です。
 
それで、改めて『理解力』とは何なのか・・と考えてみると
《理解力とは:物事のしくみや状況、道理を悟り知り、わかる力。》 ・・これが辞書の第一の意味です。
なるほど確かに・・・ ナルトの意味不明な説明から重要ワードを拾って状況を分かってしまう。敵を観察して仕組みを悟り知る。 う~む、カカシのお得意能力を表現する言葉には「理解力」は最もふさわしい言葉なのかもしれない・・。 
 
「理解力」という意味にはもう1つ、2番目の意味として《人の気持ちや立場をよく分かること》というのもあるわけですが、ま・・・567話に於いてガイとナルトが使った「理解力」については、こっちじゃなくて第一の意味「仕組みや状況を分かる力」という意味ですよね。
 
で・・・思ったんですが、カカシは「物事のしくみや状況、道理を悟り知り、わかる力」という意味での理解力は『さすが、カカシ先生!』なんですが、「人の気持ちや心、立場をよく分かること」の理解力は・・どうなんだろ?と。
 
カカシって人は、戦闘に於いてはほとんど読みを外さないし・・敵の能力の分析も外さない。だけど、人の気持ちや心を分かっているかと言えば・・・『サスケの心』は読めてなかったですよね。
もし、サスケの心にズケズケ入り込むぐらいの気持ちでいれば、サスケが思った以上に「闇」を抱えている事に気づいたかもしれない。 でも、ど~もカカシってのは、他人の心の奥深くにある「痛み」を詮索したり見透かすような真似をしちゃいけないと思ってるところがあるんです。 

例えば、127話・・・中忍試験本選前の事なんですが、サスケがカカシと千鳥の修行をしていた時。我愛羅が突然やってくるんですよね、そしてサスケに「お前とオレは似ている・・」だとかウジャウジャと語り出すんです。
その時、カカシは我愛羅を諌めてるんですよね、
 
『お前がサスケの何を知ってるかは知らないけどね…サスケの全てを見透かすような言い方はダメでしょ!』と。
 
カカシ自身、「心の痛み」をイヤってほど知ってる人なので、他人の「心」という領域には踏み込んじゃいけないと思ってる。 そしてカカシも、自分の心には誰も入り込んでほしくないというオーラ(バリア?)をかなり強固に出してきたし、それを察してか周囲もカカシの「内面」には踏み込んでいない。 ガイですら踏み込んでない・・・。 
サスケが出していた「SOS」をカカシが拾えなかったのは、カカシがサスケの心・気持ちまで踏み込むことを躊躇(遠慮とも言う)しちゃったせいなのかな・・とも思っています。 

カカシのその「穴」を最初に指摘したのは、再不斬なんです。再不斬はカカシの「洞察眼」は評価しながらも、こう言っている・・・
 
『お前は写輪眼を過大評価しすぎた』 
『お前は事象の全てを見通しているかの様にほざいていたが・・結果その先読みはハズれている カカシ・・お前にはオレの心も未来も見えてはいない』 と。 
 
ん~なかなか、鋭い。
 
この言葉は、もちろん再不斬がカカシの心に揺さぶりをかけるための戦術でもありますが、でも鋭く突いた言葉でもあるんですよね・・。 カカシは写輪眼によって敵の動きは完璧に先読み出来るし、敵の作戦や状況も理解(理解と言っても第一の意味の理解)はできる。 
だけど・・敵の“心”までは読めていない…だから本当の未来までは見えていない。つまり「第二の意味の理解(心を分かる)」は出来てない)。
 
そして、次にカカシの穴を指摘したのが大蛇丸なんです。 サスケが喰らった大蛇丸の呪印を「封邪法印」で仮抑えしたカカシに、オロちゃんが言ったのが・・
 
『すること 言うこと――全てズレてるわね』。 (70話での言葉)
 
ズレてるって・・・。最初にコレを読んだ時は、ったく失礼だな~と「ムカッ」としましたが、でもコレ・・・かなり鋭いご指摘だったと思います。 サスケの“心の闇”をカカシは全然見抜けていないっていう意味ですよね・・。
 
カカシが施した封邪法印はサスケの意志の力を礎にしており、カカシは《サスケだから大丈夫なハズ》と思ったんでしょうけど・・大蛇丸から見ればそれは「甘かった」。
 
《どんな邪悪な力であろうと求める心…彼はその資質の持ち主…復讐者なのよね》と、大蛇丸はサスケの心を見通していたんですが、でも・・カカシにはそう思えなかった。
きっと「思いたくなかった」んでしょうね・・カカシは。 だからカカシは第一部最後で、
《この眼があっても ちっとも先なんて見えやしない・・》なんて(オビトに向かって)呟くことになってしまうんです。
 
でも、カカシのそういうところは第二部になっても あまり変わってない。
 
第462話(49巻、鉄の国宿八)で・・イタチの真実をトビから聞かされたカカシは、
『あいつ(サスケ)ならイタチの意志を継ぎ木ノ葉へ帰って来る“ハズ”だ』なんて言ってるんですが、その言葉に対してトビが言ったのは・・
『サスケの師として友として お前らはサスケの“本心を分かっているつもり”でいたんだろうが・・ とんだお門違いだ』 『本物だ…本物の復讐者だよ彼は!』。
 
カカシは相変わらず《ハズ発想》をしちゃっているのですが、これはカカシが自分の「(第一の意味の、道理を悟り知るという)理解力」に自信があっての発言だと思うんです。 サスケは“~だから、~あるはずだ”という推測をする。
だけどトビに《サスケを理解していたつもりでも、お前はサスケの本心(心)までは読めてない》事を鋭く指摘されちゃってるのです。カカシはやっぱり・・《心、立場、気持ち》というものを見透かせていない。 
…いや、見透かそうとしない、というべきなのか。
 
カカシには、サスケが闇に堕ちるようなヤツじゃないと「思いたい」という、切ないほどの願望があると思うんです。もう大切仲間は失いたくないという《失うことへの恐れ》もあるのだろうし、そして他人の心まで踏み込む自信もないのかもしれません。
だけど、サスケの事を楽観したことについて、後に《無責任だった、だいじょーぶだと自分自身に言い聞かせていたのかもしれない、だらしない》と後悔してるんですよね;(51巻で)。 そうやってカカシは後悔を繰り返す人生を送ってきた・・・ 「心」を分かろうとすることから、意識的に逃げてきた。・・そこにカカシの「穴」があるような気もします。
 
ガイとナルトに絶賛された《カカシの理解力》。
 
確かに、カカシは「物事のしくみや状況、道理を悟り知り、わかる力」である理解力は「さすが」なんです。
 
だけど、もう1つの・・・もっと大切な意味である「人の気持ちや立場をよく分かること」という意味の「理解力」。これは、カカシが後悔人生から立ち直るための「課題」になるんじゃないだろうか。
 
過去の失敗からくる自信の無さ、心の奥まで踏み込むことへの恐れ、闇に堕ちたと思いたくない相手と正面から向き合うこと。
それらを乗り越えられた時・・・カカシは本当の意味で「相手の心を分かる」理解力のカカシになれるのかもしれない、と思うんです。 サスケを理解するためにも、まずはこの戦場で・・・「親友」の心を理解するところから始めないといけないの「かも」しれません。 コレ、かなり大変かもしれませんけどね・・。
 
それでだったのかなぁ・・・ ガイとナルトが「理解力」なんて言葉を使ったのは。
 
ガイとナルトによる「さすが、カカシの理解力」という言葉は、この戦場でのカカシの「課題」として提示された言葉だったのかな・・・なんて思ったりしています。
 
本当の意味での「理解」を、カカシが見つけるための・・。
 
 
 
 
☆長駄文読んでくださって、感謝。
 
 
 
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