ナルト好きブログ!(NARUTO考察・雑考)

NARUTO-ナルト-の考察(伏線、言葉、人物考察などなど!)続行中!

51巻から「最近の話題」をいくつか。

51巻から「最近の話題」をいくつか。

何故今さら51巻?って話なんですが・・・

51巻といえば何といっても「サスケVSダンゾウ」なわけで、当時の雑考を読み返してみても殆どサスケとダンゾウばっかり(当時からトビのことはかなり書いてるけど)。でも51巻の中に、最近の話と関係している部分が意外とあるんです。 なので615話雑考「余談」として、そのあたりを少々摘んでみようかと思ってるのですが・・・(一部、ジャンプの感想(雑考)と重なる部分がありますけど、少し説明追加してます)。
ダラダラ文ですみません。
 
・まずは475話「マダラの真骨頂」から・・・(オビトの時空間のこと)
 
「マダラの真骨頂」っていっても、もちろん「オビトの真骨頂」ってことですけど(笑
 
この戦いで気になったのは“根”のフーとトルネ。 彼ら・・・いい忍なんですよね、息があった戦い方で互いを補い合って守りあって。理想の共闘をしてるんです。
 
フーとトルネといえば、開戦初日にオビトにあっさりと消されてしまったわけですが(穢土転生の実験用にカブトに与えられてしまった)・・・だけど、オビトに時空間に吸い込まれてから 戦争初日に消される迄の数日の間(あるいは数週間)、時空間で幻術にかけられて「生かされていた」んですよね。 
なぜ、オビトは彼らを生かし続けておく必要があったのか・・ 
彼等をずっと「保護しておくつもりだった」のか、あるいは何かに利用して処分するとしても 終戦後まで待って「戦争後の輪廻天生対象者」にしようとしたんじゃないか?と邪推しております。
オビトは、“根”の忍とはいえ 仲間思いの彼らを、ダンゾウとサスケの戦いに巻き込ませて死なせるのは「もったいない」と思ったんじゃないか、で・・・一時的に時空間に保護してたんだろうか・・なんて考えてました。
 
「ネジの死」で、こりゃ戦争が終わったら輪廻天生発動じゃないか?と思った方は多いと思うんですが、輪廻天生疑惑(?)は具体的には・・・トルネへの容赦なき「ゴキ!」っから発生してます(とりあえず、輪廻天生の是非については置いといて・・)。
 
オビトは彼らと戦ってみて、ダンゾウに「いい部下を揃えたな」なんて言ってるし、フーとトルネの《トビの能力の分析》に対して「よく理解した・・・ いい分析だ」と褒めて高評価してるんです。
だけどオビトが彼らを評価したのは、彼らの優秀な血筋や息があった見事な戦い方以上に「すまないフー・・・ すぐに取りのぞく」  「トルネすまない・・」と互いを心配したり 思い遣る「コンビネーション」のせいじゃないかとも思うんです。 “根””の忍って、感情の無い戦闘マシーンかと思っていたら・・・フーとトルネを見てたら、そんなことはない。ちゃんと仲間を思い遣って守り合ってる・・コンビネーションの良さじゃあ、他の木ノ葉の忍達よりずっと上じゃないかと思うぐらいです。
 
で、彼等を誉めたあと・・・オビトはいきなり2人を時空間に吸い込んじゃってるんですが、あの時空間はシェルターみたいなものだし、絶対に安全な場所といえそうなんですよね。だけど、ただひとつ問題が・・・「ここから出してくれる人がいないと困る」。オビトが生きている間はいいけど、もしオビトが死んだら・・・時空間に入った人は出てこられなくなってしまうのでは・・?
オビトが、カカシを2度も時空間に送り込む実験をしたのは、カカシを保護しておくつもりだったのか・・・或いは時空間に保護した人達を「外に出す役割」をカカシに託すつもりだったのか(なんて考えてしまう)。
 
では、誰か時空間に保護した人達がいるのか?っていう話ですが、具体的にはシカクさん達がオビトの神威によって時空間内に保護されているのではないか・・と疑っております(615話の時点では、と言い訳。来週616話でいきなり違う話が出てきたら、恥ずかしいんでw)
 
第613話で、マダラ爺ちゃんが十尾の尾獣玉を遠くに飛ばして遊んでいた(失礼)時に、オビトはよろめきながら神威を(こっそり)連発して「時空間へ人を保護」をしてたんじゃないか・・と相変わらず考えてます。オビトはかつてマダラ爺ちゃんに約束した「恩返し」、つまり・・・下の世話(尻拭い)をやってるのではないかと(詳細は613話雑考で)。これも、今のところの妄想ってことで、違ってたらごめんなさい(笑)
 
もっとも、これは《オビトもカカシ同様に「遠くのモノを時空間に送る神威」が使える》ってことが条件になりますが・・・・その可能性を示す例も、これも51巻の中にあります。
 
 
・51巻478話「サスケの“須佐能乎”」と482話「もう一度・・」から・・・
 
478話の中で、オビトもカカシ同様「遠くのモノを吸い込む神威」らしきことをやりかけて、中断しています(88-89頁、ダンゾウからサスケを助けようとして発動)。 
オビトの「遠くのものを手に触れずに神威空間に送る例」は、まだ読者の前では見せてないんですが、この478話で「未遂に終わった」この神威が 実はそうだったんじゃないか・・と思ってます(これも613話と478話雑考でも触れています)。
 
そして、オビトは神威を使って何かを吸い込んだ時に「ズン!」と首に衝撃を受ける癖がありますが、それが613話最後の絵で《「基本だな」と上機嫌のマダラ爺ちゃんと並んで「コキ」っとやってる絵》にそっくり・・・・という話は613話雑考でもいくつか絵を出して書いていますが・・・もっと分かり易い絵が51巻482話にありましたので、追加させてください;オビトが(シスイの眼が欲しくて)ダンゾウを時空間にズズズッと吸い込んだ後の絵なんですが・・・
 
例の如く、神威を使って吸い込んだあと「ズン!」と首に衝撃を受けてるんですが・・・そのあと「コキ」っと右首を傾けて鳴らしているんです(163頁)↓
 
イメージ 1
 
 
これが 613話の最後の絵(オビトが右首をコキっと言わせてる)と そっくりで・・・↓
 
イメージ 2
 
なので、オビトは《マダラや連合軍に内緒で》シカク達を神威で時空間に飛ばして保護したのでは・・・?と疑っているのですが・・・
でも、もし輪廻天生をするつもりがあるんなら、なぜシカク達等戦場にいなかった人達だけ「保護」しないといけなかったのか・・・? 何か理由があったのかと少々戸惑ってはいるのですが。う~ん(笑)
 
 
・で、同じく51巻482話から次の話題ですが。
 
オビトが「コキ」っとやったあとに、サスケに「我ら」って言葉を使うのですが、サスケが「我らだと・・・ オレがいつお前の仲間になった?」なんて嫌そうに言うんですよね、で・・オビトは「フッ・・・まぁいい・・・ また会おう」というんです。当時の雑考には、サスケがそういうのは当然だ・・なんて書いてたんですが、それって違うなぁ(汗)
 
これって、614話で オビトがマダラに「昔から・・別にアンタを仲間だと思ったことはない」と言ってたのと言ったのにそっくりなんです。オビトがサスケに《言われちゃった》ことを意識して同じことをマダラに言ったというよりは・・・オビトとマダラの関係は、サスケとオビトの関係にそっくり・・・ってことでしょうか。
 
サスケって、大蛇丸の事もちょっと前まで「アレ」とか「胸クソ悪い大蛇丸なんて言ってましたけど(大蛇丸ご本人にその発言を聞かれてましたけど)、それって本心からの言葉じゃあないな、と今では思ってます。サスケは大蛇丸を倒す時にも、かなり酷い言葉で罵ってましたが(反吐が出るとか云々)、それは「つながりを断ち切る」ためだったと思ってます。 
 
62巻でのサスケは大蛇丸に警戒心を全然見せてませんが、それは「今になって」大蛇丸の本質に気付いたわけじゃあなく、ずっと前から・・・既に同居生活してた時から、サスケは大蛇丸の本性を理解していたんじゃないかという気がします。
 
サスケの眼は、本質が見えなかったわけじゃあない・・・見ようとしなかっただけ、なんじゃないかと。
 
だから、サスケもオビトのことはある程度《見抜いていた》ような気もするんですよね、で・・・「オレはお前の仲間じゃない」みたいな事を言いながらも、オビトが肩に置いた「手の温もり」がホンモノだった事は・・・分かってたんじゃないかと思うんです。 だからこそ、繋がりを持ってしまいたくないから「仲間じゃない」みたいな事を言う。
あの時のサスケ・・・香燐にもわざと冷たい事を言っていたり、再会しちゃったカカシの前でも散々酷い事を言ってましたからねぇ。。
 
だから614話で、オビトが「昔から・・別にアンタを仲間だと思ったことはない」と言ったのも、あれも本心に思えないんですよね。・・・で、マダラもそれはお見通しのような気がします。
だから、今のオビトにそっくりだという《かつてのマダラ》が、オオノキ達に「同盟などない」なんて言ったり性格悪そうなことを言いまくってたのも、あれも・・・・本心じゃなかった、って思ってしまうのです。
 
・で・・・さらに、51巻からもう一発・・・
 
そして・・・51巻といえば、《サスケ》への第七班それぞれの思いが描かれているわけですが、これがまた「チグハグ」。それぞれがサスケへの思いを一人で抱え込んで暴走してるんです。サクラの暴走ばっかり目立ってますが、サクラだけじゃない・・・ナルトもカカシも《サスケの事はオレがやる》と言い張ってたのだから、同じようなもんです。全員で「オレが」「私が」って・・・。
 
カカシは《お前達をバラバラにさせてしまったのはオレの不甲斐無さだ》とサクラに謝って、責任をとって《自分一人でサスケをやろうとした》。 でも、これがズレてるんだってばよ(って・・・すみません)。
 
第七班がバラバラになったのは・・・カカシの「不甲斐無さ」のせいってわけじゃあない。
第七班の《仲間を大切にする》精神が、仲間を思う気持ちの強さにもなり、他の仲間に重荷を背負わせたくないという優しさになり、自分一人で痛みを背負いこもうとする・・・皮肉にもその結果、班がバラバラになってる感じがするんです。
そして班だけじゃない・・・せっかくの同期達の思いすら受け入れられず、自分だけで解決しようとしてしまう・・・
 
だから51巻では「オレが、私が」行動になって、想いが繋がらずにバラバラになってるように見えちゃうんじゃないかと思うんです。
 
615話・・・同期(厳密には同期じゃないが)のネジの死。
やっと・・ナルトは「同期達」のつながりを感じてるでしょうか。で、それはカカシとオビトにも言える事だと思うんです。 この2人もリンという痛みを共有してるのに、互いに自分で背負おうとしてる・・・。
 
カカシは20巻で「大切な人は皆殺されてる」なんてサスケに言ってたけど、じゃあガイはどうなんだ?と思っちゃうんですよね。カカシはミナト班にこだわり過ぎている感じがするんです。オビトが「リンを見殺しにした」と言った時、ガイが目を丸くして驚いてたけど・・・ガイは、初めてリンの死が“訳アリ”だったことを知ったんじゃないでしょうか?カカシは何も言わなかったんだろうしなぁ。
 
でも599話で判明したとおり、カカシには同期があんなに居るんだから、リンのこともカカシやオビトだけで抱え込まず ガイを始め同期達全員で受け止めないと・・・と思うんですけどね。そしてナルト達も・・・・サスケの事を全員で受け止めないと。
 
 
(ヒナタが言ってた、想いを互いに繋いでいくって事・・・それが51巻の第七班に、足りなかった事なんじゃないのかなぁ・・と今になって改めて感じたりして)。
優しいからこそ、仲間を思うからこそ、一人で抱え込んでしまう・・・難しいんだけどね・・・。
 
 
 
 
☆長駄文、読んでくださって感謝。
 
 
(ナルト好きブログ! 2012./01/15)