ナルト好きブログ!(NARUTO考察・雑考)

NARUTO-ナルト-の考察(伏線、言葉、人物考察などなど!)続行中!

「眼と獣」の、あれから…  (カカシ秘伝・氷天の雷を読んで思ったことを少々)

「眼と獣」の、あれから… 

カカシ秘伝「氷天の雷」、読みました!

カカシを主人公にした物語というから、もっと地味でおとなしい話かと思ったら、意外なほどアクションもの。しかも、舞台の中心が「空中」というね… これ、アニメ化したら面白そうです。 

 
 まず表紙の岸本先生直筆のイラストなんですが、これ…69巻に出てきたサクモにそっくり!!   やっぱりカカシは父さん似(母さんの顔は分からんが)。 700話に登場した「中年カカシ」もサクモに似ていると思ったけど、カカシの「素顔」は『69巻に登場したサクモの顔』で実質明かされたと考えていいんじゃないだろうか。 ま、意外にもタラコ唇だったという可能性も排除できませんがね(すみません)。

 今回は「氷天の雷」の中から気になった部分をとりあげて、そこから雑考していこうと思っています。 「本の感想」とはちょっと違うと思いますが、そこはなにとぞご容赦って事で…。

 

 
・ナルトが見つめる「先」について

 《「氷天の雷」には、「飛鯱丸」という飛行船が登場します。今ではすっかり豊かになった波の国が、空飛ぶ船を建造するようになったという… でもその建造に参加しているイナリは、どこか冷めていた…》。

 いやぁ~…イナリがさらにシッカリしてて感心しましたが、彼は小さい頃から「オトナの汚い現実」を色々と見てますもんね。 ナルトとはまた違った立場から世界の変化を見て取っている…イナリは自分達も「ガトー化」していくのを警戒しているらしい。
 これを読んで「確かに…」と思ったのは、原作でも700話のラストや72巻の表紙に「高層ビル群」が描かれており、ナルト達の世界も戦後に「激変」していたからなんです。 

 今まで「ほぼ鎖国状態」だった五大国が、戦後門戸を開放したことで、人々の行き来や情報の共有、文化の交流等々が行われるようになった… それはシカマルやチョウジのような「国際結婚」を可能にしたりと、いい面も多くあったに違いない。 だけど経済の発展、テクノロジーの進歩…それらは「忍システム」の在り方を根底から大きく変えてしまうものにもなりそうです。 
 72巻の表紙の「青空」を見た時は、そういう心配までしてなかった…というか、完結なのに「現実臭い事」を考えたくなかったんですが、ナルトが見ている「先」は、けっこう険しいのかもしれないですねぇ。

 それに、あれだけの「都市」を建造できる社会なんだから、武器だって様変わりしただろうし、「チャクラ」の使い方も変わってくるかもしれない。 当然、忍の「戦い方」だって大きく変わってくる。 
 かつて「1対1」で忍道をかけて闘った「心のぶつかり合い」のような忍の闘いは、少なくなってしまうんじゃないだろうか…?

 前の雑考でも触れたテーマですが、かつて忍は「心を無くせ」と言われたけど、なんだかんだ言って「忍は心の無い道具にはなれなかった」… だけどナルトは、カグヤとの戦いを振り返って《カグヤは今まで戦った奴らとは違う… 心がねーみたいな感じだった…》と言ってましたっけ(72巻で)。

 「心が無いカグヤ」を封印したという事は「心を無くそうとしてきた忍システム」を封印した…ともいえるのかもしれない。だけど「NARUTO]という物語を締めくくるラストとしては些か違和感を覚えたんです。 私は「NARUTO」の実質上ラスボス戦は、長かった「マダラ&オビト戦」だったと思っていて、それは(特に)オビトと連合の闘いは「激しい心と心のぶつかり合い」だったからなんです。なのにラストのカグヤ戦はただの「封印」で「おまけ」のようにしか感じられなかった…。
 でも「心の無い敵」カグヤとの「心をぶつけ合わない戦い」は、次のお題…物語の先にある「これからの問題」を提示していたのかもしれないですね。まだまだナルト達が立ち向かうべき課題は多そうです(カグヤ、十尾の事は未解決でもあるし)。

 

・「眼と獣」…カカシとガイの「あれから」

 《「氷天の雷」では《六代目火影になろうとしているカカシ》が、もう自分には写輪眼を無い事を気にしており、そして雷切も失ってしまった事を気にしている…
そして《足を負傷しているガイ》が、ハンデを乗り越えさらに青春フルパワーで笑わせてくれ、カカシを癒してくれている…》

 60巻では、「こっちにも写輪眼がある」「木ノ葉の気高き碧い猛獣もな」と颯爽と登場した《眼と獣》カカシ&ガイ。  
 あの時、カカシは写輪眼を誇り、ガイは誰よりも鍛え抜かれた肉体を誇り… だけどあの戦争が終わった後、カカシは写輪眼を失い、ガイは鍛えられた肉体(機動力)を失ってしまった。 圧倒的な体術で名を知られたガイも、写輪眼で名を轟かせたカカシも「眼と獣」ではなくなってしまった…。

 
 でも、ただ失ったというわけではなく、ガイは「八門遁甲の陣」という究極の肉体技を発揮して燃焼し尽くし、「獣」としての身体を失ったかわりに「本当に大切なもの(ダイ父さんが遺した意志)」を実感出来たはず。 
カカシも「完成体須佐能乎」という究極の瞳術を発動して、「眼」を失ったかわりに「本当に大切なもの(オビトとの協力)」を実感できたはず…

「眼と獣」を失った、眼と獣達の「あれから」… 失った大切な「もの」のかわりに知った「もっともっと大切なもの、想い」…

 
《「氷天の雷」では、以前よりも元気で好奇心旺盛で「今の自分に出来る事」にチャレンジしてるガイが描かれていた》…

…それがなんだか嬉しかった。ガイにはぜひ、そうあってほしい。 

 そして「嬉しかった」といえば、(原作)700話でカカシが「お前もどうだ?」とガイを旅に誘っていたところもそうでした。 あのカカシが、「自分のほうから」ガイを旅に誘うとはね… カカシも変わったというか、自分から積極的に他人と関わっていけるようになったんだなぁ…なんてちょっと嬉しくもありました。
 だいたい、前までは「ガイの方からカカシを誘う」パターンが多そうで(ライバル勝負のように)、カカシはめんどくさそうに付き合う感じだった。 でも戦争が終わって、眼と獣…いや「カカシとガイの関係」も少しだけ変わったのかもしれない。

 カカシが「ミナト班の仲間を失った」あと、ガイはかなりカカシの事を心配し、カカシに気を配っていたと思うんです。 カカシが写輪眼と共に「オビトの想い」をいかに大切にしてきたかという事、そして過去と共に生きてきた事をガイはよーく分かっていたと思うし、それを側で「見守っていた」んじゃないのかな。 カカシの心の中に土足で踏み込むような事は一切せずに…  
 カカシも、ガイとは何となく自ら距離を置いて(誰に対しても)バリアを張っていたように感じるし、ガイも心得ていて無理に中に立ち入ろうとはしなかった、出来なかったんじゃないかと思うんです。 本来「面倒見がメチャクチャいい」ガイは、カカシを放ってはおけなかっただろうから、ちょっと歯痒い想いをしてたかもしれないけれど…

 中忍試験の時、ガイがナルト達に「雷切(千鳥)」について誇らしげに説明していた事がありましたが、あれはガイが「カカシの雷切(千鳥)に秘められた特別な想い」を知っているからこそ、あれだけ熱く語っていたんじゃないかと思うんです。
 「雷切(千鳥)」が何でも斬ってしまう刀であるとか、雷を切ったという伝説なんかよりも、もっともっと大切な事…あの術の「本当に大切な意味」を知ってるからこそ、ガイは「色々と熱く語らずにはいられなかった」んじゃないかと思っています。

 ガイはカカシに積極的に関わりながらも、カカシの事を「親友」とは言わず「ライバル」とだけ呼んでいたあたりも、カカシがオビトの事を「親友」と言っている事への「考慮」だったのではないか…と私は考えていて、カカシにとって「親友」の名で呼べるのはオビト以外には無く、誰もそこは「踏み込んではいけない領域」としてガイは気遣っていたんじゃないかと考えています(ガイって、あれで ものすごい優しい気遣いが出来る人ですから)。  ガイが、カカシのそのあたりの繊細な心理に「いかに気遣っていたか」は、62~63巻で「仮面の男がオビトと判明していく過程」でも詳細に描かれていましたよね。 

 でももう「オビト」の事も一応解決したわけで、これでカカシとガイも「ライバルとして」だけではなく「友人」として、新しい「これから」を築いていけるんじゃないかと思っています。


 それと「氷天の雷」を読んで嬉しかったことをもう1つ。

カカシが、敵(羅氷、華氷という人物)に対して救おうとしたり、寛大な処分を言い渡したりした点》… そして
「うちはマダラも、そしてオレの親友だった男も、たぶん、そう考えていた。だけど、じつはやつらが一番この世界を愛していたのだと、オレは思っている」と語った部分》… 

 敵に対しても「セオリー通りな対処」ではなく、ちゃんと「心」で向き合い、目に見える行動よりも「相手の心、想い(本心)」をちゃんと見ていたって事… 「火影」カカシにはぜひこうあってほしいし、実際にそうだったんじゃないかとも思っています。
 700話でも、サスケに「本来ならお前は強制的に投獄される身だったから」とサラ~ッとカカシ流の語りをしてましたが、おそらくカカシ自身も(実は)ご意見番などに「嘆願」してたのはないかな…。火影になったカカシなら、もう「サスケの想い」も分かってやれると思うから…。 
 かつては「想い」を「セオリー」で抑え込んでいたカカシが、これだけ変わることが出来たのも、あの戦争での経験…いわば「写輪眼を失った経緯」のおかげだったのではないかと思っています

(このあたりのカカシについては、72巻の感想という形で近いうちに)…

 カカシは写輪眼を失ったけど、写輪眼を持っている時以上に「見えるようになった」… そしてガイも、あの肉体はもう失ったけど、以前よりも「青春」してるのかもしれない‥。 
「氷天の雷」を読みながら、そんな「眼と獣達のあれから」を想像しておりました。


 …最後に、カカシが「華氷との事をからかわれているシーン」がありましたが…

ところで…カカシとガイは『ちゃんと結婚できたんだろうか?』。

 アニメのオリジナルストーリーなどでは、カカシも案外と女性がらみの話もあったりしますが、原作のカカシには全くと言っていいほど女の影が無い…。「イチャイチャシリーズ」の中でしか恋愛を体験してないんじゃないかと不安になるほどです。
  ナルトが前に「仲間一人救えねェ奴が火影になんてなれるかよ」とか「約束を守れない男が告白なんかできるかよ」とか言ってた事がありますが、もうカカシはオビトとの約束をちゃんと守ったんだし、仲間も守ってみせた。だから… 

 「火影になる」だけじゃなく、恋愛やら結婚のほうも ぜひとも「先」を見て進んでいただきたい。平和で幸せな家庭を持ってくれたら…と願わずにはいられません(ガイ先生も…!)。








☆長駄文、読んでくださって感謝。


(ナルト好きブログ!  2015/02/14)








☆ちなみに余計な事ですが、



私はアニメオリジナルや小説版のみで登場する内容については、一応原作とは分けていて、日頃の考察には加えずにおりますが どうかその点はご了解ください。

前のサスケの小説の感想を書いた時に、この点に関して違う立場を取られる方から(秘密コメントで)激しい口調の叱責を頂戴し、感想記事を削除した経緯があります。 しかしながら考察上の範囲をどこまでとするかという事も「あくまで個人ごとの自由、それぞれの基準があっていい」と私は考えますので、何卒ご理解くださいますように…。
 せっかく「NARUTO読者」であるのだから、お互いの考え方、意見に「強制」や「否定」はナシって事でまいりましょう(自分の考えと同じではない=自分の考えを否定された、というわけではないと考えます)。私も自分の自己流流儀や自分の拙い考えを「正しい」とか「こうするべき」などというつもりは全くありませんので、どうかご安心を…。 「ナルト好き」という共通点があればいいんじゃないかと… 無理に同調する必要もないし、押し付ける必要もない、押し付けられる必要もない… 楽しい議論なら歓迎で、でもケンカは好きじゃないので;どうかどうかよろしくお願いします。 


 

(コメントを書いてくださってる方、ありがとうございます。今はコメント欄を非公開にしてますが、またコメント欄を開く機会を作るつもりです)