ナルト好きブログ!(NARUTO考察・雑考)

NARUTO-ナルト-の考察(伏線、言葉、人物考察などなど!)続行中!

サラダの「バカだね男って」発言と、NARUTOの女性観

サラダの「バカだね男って」発言と、NARUTOの女性観

 前回のBORUTOでサラダが言ってた「本っ当バカだね男って…」。 

 NARUTO最終話(700話)でも、サラダは「男って……ほんっ…とバカだね」と言っていたけれど、あの時はホントに呆れて突き放すような言い方だった。 だけど、今はちょっと違って《仕方ないなぁ~》という感じ。 「理解不能な男共の行動」を見る目も、サスケパパに会ったことで少し変わってきたような・・・



・サクラの《しゃーんなろーよ・・・バカ》




そして「バカ」と言えば、サラダのママ・サクラがNARUTO699話で言った「ホントよ……しゃーんなろーよ……バカ」がすごく印象的だった・・。 涙をポロポロ流しながら、サスケにやっと言えた「バカ」は・・ まるで出来の悪い息子に愛想をつかしながらも愛し続ける《母》の言葉のようで・・ 全てを許し、受け入れ包みこむような深い愛情の言葉でした。  

 だけど、サクラが《母のような深い愛情》を自覚するに至ったのは物語のラスト。 当時のナルト達にとって「恋愛(男女間の愛情)」や「親心」はまだまだよく分からないモノだった・・・  (だからナルト達が最終ボス・カグヤの「女であり母である心」に気付けなかったのも 仕方ないような気もする。第七班唯一の大人だったカカシも、独身で女性には詳しくなさそうだったしなぁ)・・

 その点、ナルト同期の男性達で唯一「女性について」関心を持っていたのがシカマルだったけど、それでも彼が女性や母(親心)について知っていくのは、まだまだ先のこと・・(シカマルの「結婚願望」については過去記事にて)
その代わりに「女性について」度々語ってくれたのが、シカマルの父・シカクでした。《女がいなきゃ男はダメになっちまうもんなんだよ》とか《女がいなきゃ男は生まれねーんだぜ》とか・・・ちょっとフェミニストっぽいシカクの言葉に、NARUTOの女性観を見ることが出来る(ような気がする)。



・シカクの《女性観》と“叱られ願望”


 

シカクと言えば、ご存知のように 外では立派な「上忍班長」で、木ノ葉のエリート中のエリート。 だけど家の中では「口うるさい母ちゃん(妻)」に頭が上がらない・・  それでも「たまに優しく笑ってくれる」母ちゃんの笑顔がごほうびのように嬉しかったらしい。

 でも、シカクにとって「妻の笑顔」以上に嬉しかったのが「妻にドヤされる事」だったんじゃないかと思うんです。 というのも・・「上忍班長」という立場上、シカクを「叱ってくれる」人は殆ど居なかったと思うんですよね。もしシカクが失敗したとしても、部下たちは「大丈夫っすよ~」なんて作り笑顔で気を遣ってくれちゃうかもしれない。そういった周囲の気遣いが、シカクにとって《ダメな自分は見せられない》《失敗は許されない》というプレッシャーになっていたんじゃないだろうか。 だけど、家では妻が遠慮なくシカクを叱ってくれる・・・ だから、シカクも妻の前では安心して気兼ねなく「バカなダメな自分」を曝け出すことができる。

 世間一般的に「よく出来た妻」ってのは、いつもニコニコしてて怒らなくって、“いーのよ、気にしないで♡”なんて言ってくれる女性の事かと思っていたんだけれど・・・シカクを見てたら そうでもないのかもしれない…と思えてきた。 

 「叱る」ってことは、ダメなところを《見て見ないフリ》するのではなくて《目を背けず、そのまま受け入れる》という事でもある・・  遠慮なく叱ってくれる、母ちゃん(ヨシノさん)の《母》のような受容、許容、深い包容力。  妻のガミガミに、シカクは 幸せや己の居場所を実感していたのだと思う。




・《母》という“大いなる存在”




ところで、NARUTOの後半では《偉大なる母》というテーマが ちょいちょい出てまいります。



 紅先生が「母になる」過程や、クシナの「母ならでは」の愛とか、53巻ではミナトが「〝母である君〟がほんの少しの間であっても…ナルトへ伝えられるものにはオレなんかがたちうちできない…それは母親の役目だよ」と言ってましたっけ。母の深い愛情、母という存在への崇拝に近い尊敬の念が、ところどころで感じられるんです。

 

53巻の九尾事件の回想では、紅のお父さんが(まだ少女だった紅に)「お前は女だ  せめてワシの孫となる子に火の意志を託せ!」と語る場面が出てくるのですが・・  実は連載当時コレを読んだ時、「女性=出産・子育て」のような古臭さを感じてモヤモヤしちゃったんです。 だけど、あの時 紅父さんは限られた時間の中で「女性にしか出来ないこと」を言っておきたかったのかな・・ あの言葉は、女性という存在への深い尊敬があってこそだったのかな、と後になって思えてきました。



《女がいなけりゃ男は生まれない》
ってのも、単純に「出産」の事だけではなく、女性こそ全ての「祖」であり生まれ故郷であり、帰る場所のようでもあり…  いい事も悪い事も全てを受け入れ包み込んでくれる、懐の大きな「宇宙のような存在」って事なのかもしれない。 NARUTOにおける「女性」、あるいは理想の女性像とは「ありのままを受け入れ、厳しく叱り、受け入れてくれる大いなる存在」・・・
 
そして《母=大いなる存在》
という描写は、忍世界を掌の上で動かしてきた「忍の祖であり母である十尾やカグヤ」にもつながっているのかもしれない・・



・サラダの《男ってバカ》




サラダが、初登場回から言っている《男ってバカ》・・  その言葉の意味も、当初(700話)とは少し変わってきているのを感じるけれど、この先さらにどう変わっていくのだろう。 母のような「許容、受容、包容」の愛へと変わっていくのか・・あるいは違ったカタチになるのだろうか。 これから先サラダの《男ってバカ》の想いがどう変わっていくのか・・・それがサラダの「歩く道」になっていきそうな気もしています。





☆長駄文読んでくださって感謝。






(ナルト好きブログ! 2017/04/17)