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古(いにしえ)の石碑が語るもの・・六道仙人の想い (467:宣戦 感想 番外編)

古(いにしえ)の石碑が語るもの 六道仙人の想い


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 「南賀ノ神社本堂・・・その右奥から七枚目の畳の下に
一族秘密の集会場がある そこにこのうちは一族の瞳術が本来
何のために存在するのか・・その本当の秘密が記されている
(イタチ、25巻)

一族虐殺(任務)の夜、イタチがサスケに語った言葉です。
トビによれば石碑は写輪眼→万華鏡写輪眼→輪廻眼の順で解読できるようになるという。。。

サスケやかつてのフガク、警務隊の人達は写輪眼の部分まで、
イタチ(シスイ??)は万華鏡写輪眼の部分まで、
そして長門を仲間としていたトビは輪廻眼の部分まで解読していた?

「失明・・それが九尾をコントロールする力を得るための代償か」(サスケ)
「フッ・・オレの言ったとおり集会場の石版を読んだようだな・・」(イタチ・・42巻)とありますので
サスケを含め通常の写輪眼で読めるのは 「九尾をコントロールする力を得るための代償が失明」という部分までのようです。

イタチは万華鏡写輪眼で読んでいるので、もしかしたら十尾の存在や、さらなる瞳術「十尾の眼」や六道仙人についての記述も読んでいたかもしれません。

輪廻眼は、さらにその先・・トビもまだ語っていない、本当の目的に関わる記述まで読めるのではないでしょうか。
おそらく輪廻眼の能力も兼ね備えた術に関わる記述・・。

で、六道仙人はなぜ石碑を写輪眼、万華鏡写輪眼、輪廻眼の順に読めるように書いたのか? これが非常に謎です。六道仙人は輪廻眼だけのはず。

六道仙人の長男が仙人の眼を受け継ぎ、その子孫がやがてうちは一族になったといいます。そして写輪眼は白眼から派出したものだといいます。

つまり瞳術は 輪廻眼→白眼→写輪眼の順にうまれたことになります。
なのになぜ輪廻眼の六道仙人が、未来の写輪眼の存在を知っていて書き分けまでしたのでしょう??

さらに万華鏡写輪眼は「うちは一族始まって以来の出来事」として最初に開眼したのがマダライズナ兄弟だというのに、なぜ六道仙人は万華鏡まで予見できたのか?

可能性としては、
もともと輪廻眼を持っていた仙人が、十尾の力を得たことでさらに新しい眼を開眼したことが考えられます。つまり、あの十尾の眼(三重写輪眼)。
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あの十尾の眼を得た時点で、仙人は輪廻眼+写輪眼、さらに万華鏡写輪眼の能力も入手していたとも考えられます。

将来自分と同じ能力を持つ者が生まれた時のために、段階分けして瞳術の秘密とその存在目的を書き記しておいたのかもしれません。

イタチが言ったように、石碑は「一族の瞳術が本来何のために存在するのか」が書かれた書です。
そして瞳術のレベル別によって「存在する目的」が変わるため、写輪眼用、万華鏡用、輪廻眼用と分けて書かれていたと考えられます。
瞳術のレベル別指南書とでもいいましょうか、
さらなる高みの瞳術には、さらなる高みの目的がある・・。


六道仙人が十尾の人柱力であり、十尾の力を得ていた・・ということは
かつて六道仙人も「無限月読」を行っていた可能性もあります。

「我安寧秩序を成す者」・・これが六道仙人の言葉(446話:ただ2人を守りたい)
「六道仙人は救世主と言われ、神のように崇められた」(トビ、今週の言葉)

争いばかりの世に終止符を打った六道仙人、それは無限月読によって世界を統一していたのかもしれません。その後、仙人から十尾が抜かれ無限月読が途絶えたことで、世界は再び争いの世になった・・ということでしょうか。

トビは六道仙人の力を得て、同じように神となるつもりでしょうか?
六道仙人は平和のためと思って無限月読をしたかもしれませんが、トビの場合は自分の理想世界を作りたいだけかもしれません。


石碑のレベル別解読が生んだ悲劇

さて時を少しだけ遡って、今から約11年前の「シスイ事件」をみてみたいと思います。ここから先は、1つの可能性としての話です。

あの夜、一族の集会所にはイタチとシスイを除くうちはの忍が集まっていた・・・あの場で彼らが話し合っていたのは、クーデター計画の準備のための、かなり具体的な計画と思われます。

その前夜にイタチが任務のため出席できないと答えると「明日がどんな日かお前も知っているだろう!!」とフガク父さんの怒りは尋常じゃなかった。よっぽど大事な計画を立てる日だったんでしょうね・・

あの時のうちは一族が読めていた石碑の内容ですが・・通常写輪眼でも解読できる「九尾を手懐ける能力」までだったと考えられます。
一族の長であるフガクが万華鏡ではなく通常写輪眼だったようなので、彼らは「通常写輪眼で読める範囲」のレベルでモノを考えていたのでは、と思います。

※あの時万華鏡写輪眼所持者がいたとしたら、シスイくらいでしょうか?
(シスイに関しては万華鏡かどうか不明ですが・・かなり高度な幻術を使ったので万華鏡の可能性が高いかと。
ダンゾウも日に何度も使える瞳術ではない、と言っていましたし)

当時うちは一族が本当に木ノ葉に対してクーデターを企てていたなら・・
「通常写輪眼による読解レベル」=九尾を操るのがうちはの瞳術の発想で「九尾による」里襲撃計画を企てていたのではないでしょうか。
(九尾を幻術で操る担当は、幻術に秀でたシスイと決まっていたのではないでしょうか。)

集会の夜、イタチは任務についていました。そして、その夜シスイが遺書を残して自殺?する。
イタチの任務とシスイの死に関連があるかどうかわかりませんし、シスイの死そのものは謎に包まれています・・・
ただ、あの夜イタチがシスイの死を知って、万華鏡写輪眼を開眼していた可能性は高いと思います。

集会が終わったあとの集会所で、イタチは万華鏡写輪眼で石碑を読んだのかもしれません。そこでイタチは
万華鏡写輪眼による読解レベル」の内容・・「六道仙人の願いと、万華鏡写輪眼のさらなる目的=世界を1つに」を知ったのかもしれません。

そう仮定すると、シスイの残した遺書が少しわかる気がします。
「任務に疲れた。このままではうちはに未来は無い。そして、オレにも・・。
これ以上”道”に背くことは出来ない」

この”道”という、道を強調した書き方。道=六道仙人ではないでしょうか。
この遺書は、シスイがこっそりとイタチに宛てたメッセージだった気がします。万華鏡写輪眼開眼した者だけに通じる「道」=六道仙人のメッセージ。

「世界を1つにすることを願った六道仙人に背いて、クーデターを起こすことなど出来ない。」・・そういう意味があるのでは。

万華鏡写輪眼レベルの者だけが知る、うちは瞳術の本来の意味(世界を一つにする瞳術)。
シスイは六道仙人の遺志と、一族に期待された任務(九尾を操るクーデター任務)の間で悩んでいたのではないでしょうか。シスイも一族の枠を超えて里を愛した忍だったかもしれません。

「一族などとちっぽけなものに執着するから本当に大切なものを見失う」(イタチ)

警務隊の「シスイは一族のためならどんな任務でも先立ってやる男だった」という言葉に怒りをあらわにしたイタチ。本当はシスイは苦しんでいた・・とイタチは知っていたんでしょうね。。

シスイからのメッセージを受け取ったイタチが、あの日からシスイの遺志を継いでいったのでしょうか・・。

「一族、一族・・そういうあんたらは己の器の大きさを測り違えオレの器の深さを知らぬから今そこにはいつくばってる」

万華鏡写輪眼で石碑を読んだ者と、通常の写輪眼で石碑を読んだ者達の間に横たわる、大きな溝・・

選ばれし者だけが知る瞳術本来の目的と、一族の現実の狭間で・・シスイやイタチは苦しんだのかもしれません。