ナルト好きブログ!(NARUTO考察・雑考)

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霧隠れの忍・干柿鬼鮫の心遣いと気遣い

「霧隠れの忍・干柿鬼鮫」の心遣いと気遣い

 
 今月のBORUTOも、引き続き「敵」は元・霧隠れの青。 うーんなんだかなぁ‥今の「道具の使い方」を忘れちゃってる青も、いずれは元の青に戻ってくれるんだろうと期待しますけど・・だって青はそんなキャラじゃない。 「我々の時代は」とか言いながら、時代遅れの自分に苦笑いしつつこっそり若い世代を応援する人ですよ。
 「道具」も使い方次第、忍も「心」を忘れちゃあいけない・・という話は、NARUTOでも度々出てきましたよね(特に“忍刀七人衆”の話を中心に)。 「霧隠れの忍」は、NARUTOに於ける典型的な「古い忍」のイメージだった。  そして「霧隠れの忍」は、NARUTOの重要な節目に必ずと言っていいほど登場してくるのです。
 
  通常、NARUTOは第一部(27巻まで)と第二部(それ以降)に分けられますが、別の方法で3つにも分けられると思うんです。  《大蛇丸を敵とした前半(16巻まで)》と《“暁”を敵とした中盤(16巻から54巻)》、そして《戦争編(55巻以降)》という3つ。
  その1つ目、一番最初に登場した敵は「霧隠れの元忍刀七人衆・再不斬と白」、そして2つ目の“暁”編、最初に登場した敵は 「イタチと霧隠れの元忍刀七人衆・干柿鬼鮫」。  さらに3つ目「戦争編」最初に登場した敵の中にも「穢土転生された元七人衆達や再不斬と白」がいた・・と言った具合に、ストーリーが新たな局面を迎える度に、原点を復習するかのように「霧隠れの忍」が出てくる。     
   心をなくして「道具」として生きなければならなかった彼らの生き様と死に様・・・それがNARUTO全体を通して大きな課題、テーマとなっていくんですね。
 
  で、そのうちの一人である「干柿鬼鮫」のことを久々に書いてみようと思うんですが、鬼鮫ってのはホント《心遣いと気遣いの人》だったと私は思っています。
  心遣いと気遣い・・・時々ごっちゃになる言葉ですが、彼はその両方が出来る人。
ご存知の通り、鬼鮫は強面というか「鮫面」だし、セリフもやたら残虐だったり、皮肉っぽかったりするんですが、中には彼の心遣いや気遣いを感じる部分がいくつかあります。
 
鬼鮫の心遣い
 
 これ、前にも何度か取り上げているセリフなのですが、16巻木ノ葉崩し直後・・木ノ葉を訪れたイタチの「栄華を極めたあの里が・・哀れだな」に反応した、
「ガラにもない・・」
「故郷には やはり未練がありますか?アナタでも・・」という鬼鮫の言葉。
「やはり」とか「アナタでも」の言葉の中に、鬼鮫の“望郷の念”を感じてしまうのです。
  さらに42巻、同郷の水月に出会った時の鬼鮫の“反応”にも、彼の“望郷の想い”が見える・・ような気がする。
  思いがけず「元七人衆の一人・鬼灯満月」の弟・水月に出会った鬼鮫「おお・・見違えましたよ!大きくなりましたね水月というのですが、この時の鬼鮫の表情、ちょっと嬉しそうなんですよね(横顔ではあるんだけど)。 いつもの「皮肉っぽい薄笑い」とは違う「本当に嬉しそうな微笑み」・・ 同郷の若い忍に出会った時に見せた嬉しそうな表情に、彼の「里への想い」を見た気がしました。
  里を遠く離れた今も心に秘める《故郷・霧隠れへの思い》・・・だから 鬼鮫には「破壊された故郷を見たイタチの心痛」が分かってしまう(のだと思う)。   それでイタチの気持ちを慮って、何か言わずにはいられなかった・・    ちょっと皮肉っぽいけど、あれも鬼鮫流の心遣い・・
そして、他にも鬼鮫の「相手への心遣い」が見られる部分がある。
 
 40巻(デイダラとサスケの戦いの後)、ゼツの「サスケも死んだみたいだよ」という報告後、そのあと一人雨に打たれるイタチを見て鬼鮫が言った言葉・・
 
「冷酷なアナタが今何を考えているのか・・それは分かりませんが ここからだと泣いてるように見えますよ」
「弟さんのことなら残念でしたね・・」
 
まぁ結局サスケは生きていたし、イタチもそれを分かっていたのですが  鬼鮫はイタチを心配していたんですよね。 気になるけど、例によってイタチは感情を表に出さないし、徹底して「冷酷なフリ」を貫いているから、余計なことは言えない・・   
  だけど、雨に打たれる「悲しそうなイタチ」を見て、鬼鮫も心がいたくなったんだと思います。 それでついにちょっかいを出してしまうんですね。  残念でしたね・・と少しだけ、控えめにイタチの心に寄り添う。 あれも、鬼鮫の優しい心遣いだったのではと思います。
 
鬼鮫の気遣い
 
 さらに、鬼鮫の「繊細な気遣い」を感じるのが冷酷なアナタが今何を考えているのか・・それは分かりませんが」の部分。
  イタチが冷酷を“装っている”ことは、鬼鮫もよーく承知している。だけど、イタチは鬼鮫以上に《自分の領域》を守り、誰にも踏み込ませようとはしないし、本当の姿を見せようとはしない。   徹底して「冷酷」なフリをしている。  
  鬼鮫もそれを尊重して、イタチの「冷酷なフリ」に付き合い、その「距離」も尊重しているんですよね。  だから、普段はその領域に踏み込まないんだろうけど、「サスケの死」という局面に どーしてもイタチに何か一言言いたくなってしまって・・その代わりにちゃんと付け加えているのだと思います、「冷酷なアナタが何を考えているのかは私には分かりません」と。
 
 その前の、破壊された木ノ葉を見た時の「故郷には やはり未練がありますか?」という心遣いの言葉にも、鬼鮫はちゃんとガラにもない・・」「アナタでも・・」と気遣いの言葉を付け加えるの忘れない。   これらは皮肉のようにも聞こえるんだけど、イタチの冷酷なフリや距離を尊重しての言葉だったような気がします。
 

  でも、なぜ鬼鮫には イタチの「冷酷なフリを続け、他人と距離を取ろうとする」気持ちがよく分かったのか・・  

 54巻に出てくる、鬼鮫の記憶の一場面に こんな言葉があります。
 
「私に親しくしないで下さい」・・・
 
  これから 口封じの為に始末しなければならない女性に、「皆と一緒に食事をしましょう」と優しい言葉をかけられ、その時に返した言葉・・  切ないですなぁ。 親切にされたら、余計に辛くなる。「同胞を消す」ことが任務だった鬼鮫は、誰とも距離を置いてきたんだろうと思います。  常に残酷を装い、心を隠して・・・  
   鬼鮫には  イタチの「冷酷なフリ」も「誰にも踏み込ませない距離」も「里や同胞を想う気持ち」もよ~く分かったんじゃないだろうか。 だからこそ、イタチの心を想う「心遣いの言葉」と、イタチの意志を尊重した「気遣いの言葉」が混ざっているのではないかな・・鬼鮫にはイタチの痛みがよく分かった。 分かり過ぎるぐらいに分かってしまったんだと思う。
 
 ま、鬼鮫には根っからの「強者相手の闘いにワクワクしてしまう」部分もあった訳で、時に「戦う道具」になりきってしまい、それを相棒である「鮫肌」にギギギィっとお仕置きされたりして・・・  だけど結局、鬼鮫は命を懸けて「夢」の実現を守り、仲間を守ろうとし、道具ではなく人間として散っていった。 
 
   彼がそこまでして実現させたかった「無限の夢」とは、大それた特別なものではなく、「仲間と一緒に食事ができる生活」のような・・ありふれた平穏な日常だったのかもしれません。
 
 
☆長駄文、読んでくださって感謝・
 
 
(ナルト好きブログ!  2018/01/23)