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NARUTO-ナルト- №617:忍び舞う者たち 其の弐 今週のジャンプ・ナルト感想 (WJ09号)  その1

NARUTO №617:忍び舞う者たち 其の弐 その1

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さりげなくリーの肩に手を置きチャクラを渡すナルト・・・
 
数年前だったら、リーの真正面を向いて「おめーが落ち込んでどうすんだってばよォォ!」とか叫んでるナルトが想像出来ちゃいますが、そっと肩に手を置いてチャクラを渡し、スッと立ち去るナルト・・・ そしてネジの意志を胸に、前を見据えて立つリー。 いやぁ~・・大人になりましたね、2人とも。 こんな無言の絵で魅せるとは。
 
51巻で、我愛羅がナルトの肩にそっと手を置いて・・・・「影の名を背負う覚悟を決めたなら サスケの友としてお前が本当にやるべき事をやれ」と言ってましたが、あの時みたいな友の温もり・・・リーにも伝わったんじゃないのかな。
 
さて、今週のタイトル『其の弐』って珍しいですが、そっか・・617話までがコミックス64巻の範囲なんですね。 
 
先週今週の話で、マダラ戦場にも一つの区切りがついたような気がします(と思うんですがね・・・)。
先週は、忍び堪えるから「忍び耐える者」へと思いを受け継ぎ、覚悟を口にした忍たちだったけど、今度は行動に移して「忍び舞う」にまでなった。 これこそ、オビトが求めていた《言葉を口先だけにしない》ってやつじゃないのかな。
 
少しずつ・・でも確実に、忍連合はオビトの課題に答えを出していってると思います、骨を折りながら(笑)。
 
『舞う』と言えば、マダラさんの『踊る、踊らない』って表現がありましたが、『踊る』ってのは足に力を入れて上へと跳びあがる事・・・いわゆる(土影が言っていた)ホップステップジャンプってやつです。
そして『舞い上がる』といえば、サスケが初めて火遁を使えた時、フガクが言っていた《その背中の家紋に恥じぬ様 己を磨き大きく舞い上がれ》というのを思い出します。 この言葉は「火遁が使えて一人前」と言われるうちは一族の間で、新たに一族の一員と認められた者に代々伝えてきた言葉じゃないかとも思ってたんです。 鷹狩りが趣味(だったらしい)マダラは(データブックによればですが)、後世の忍達にも「舞い上がれ」・・・つまり、本当の意味で踊る(空へ高く上がる)事を願っていたんじゃないだろうか。 
 
今週も、先週に続いて忍び舞う、繋がりというテーマが続いているわけですが、その他に隠れテーマ?として「かたを繋ぐ」ってのがあるような・・(って、別に全然隠れてないんですが)。 型を繋ぐ、そして肩を繋ぐ・・;
 
 
・まずは最初、ナルトとリーの「肩を繋ぐ・・・」

リーが回想するネジ・・・
 
《・・・なぁ リー・・・ オレは今まで・・・》
《リー いつか お前の剛拳とオレの柔拳・・・ どちらの拳が上か・・・ 本気で闘ってやる・・・ 
ただし・・・》
《オレの目の黒いうちは負けはしない!》
 
《まぁとにかく・・・ ライバルとしてオレが居るってことだ
 
 
《オレは今まで・・》のあとは、(運命は変えられないと思っていた、だけど・・)が続くんだろうか。その続き、見たかったなぁ。 そしてネジが言う《本気で闘ってやる》・・・これこそ、本当の意味での「闘い」なんですよね。
 
55巻穢土転再不斬戦で、カカシが《もうこんな戦いは止めにしよう》と言っていたけど、無益な憎しみしか生まない戦いなんて要らない。有っていいのはライバル同士の本気の勝負「闘い」であって、例えばガイとカカシがずーっと続けてるような、己を磨くためのライバル勝負だけ。 ガイとカカシのライバル勝負、昔のネジは呆れて見てたけど、あれぞ熱き男の「闘い(ジャン拳を含むけど)」。
 
ナルトも、サスケとたたかう時は戦うじゃなくって「闘いたい」、「闘る(やる)」にこだわってますが(もちろんナルト本人が漢字をイメージしているわけじゃなくって、作者がナルト本人の心情を伝える手段として使い分けてる訳ですがね)、今のマダラ戦場も、既に「闘い」になってきてると思うんです。もはや忍達は《オビトとマダラ》と戦っているというより、《自分達=忍》と闘ってるのが伝わってくる。自分達の意識を変える為に、己と闘ってる。
 
そして・・・かつての柱間とマダラの闘いも《本気の闘い》だったと思うんです、彼等こそ“永遠のライバル”。 マダラがあれだけ柱間柱間言ってたのも、《本当の闘い》が出来た相手は柱間だけだったからじゃないでしょうか、あとは全部無益な憎しみしか生まない「戦い」でしかなかったんじゃないのかな・・?
つまり、マダラさんは《戦い》好きな人じゃなくって、《闘い》好きな人・・・・戦い好きと、闘い好きじゃあ全然違う。 だから《戦い》を挑んでくる奴らは、容赦なく斬り捨てる(←これも問題ですがね・・・)。
だけど、忍連合とオビトに「本気の闘い」を久々に見たもんだから、マダラさん・・・それで嬉しそうな顔をしてるんじゃないかと思うんですよね。
 
ライバル同士の本気の勝負。さて《ナルトVSサスケ》、第二の終末の谷の闘いもいよいよ射程圏に入ってきた感じがします。リー、そして全ての忍達が九喇嘛のチャクラの衣を纏い・・・戦場は灯を繋げたように、明るくなったんじゃないだろうか。 忍が、尾獣が、つながっていく・・・
 
 
・そして、九喇嘛とナルトの「型を繋ぐ・・・」
 
前にシカクとカカシが情報交換してた時なんですが、シカクが着目してたのはやはり、九喇嘛のチャクラをカカシが貰い、そのせいでカカシの神威がパワーアップして八つっあんまで出し入れ出来たことでしたな。。 で、その情報から全忍を九尾チャクラでパワーアップさせる作戦を導き出したシカク、その発想も勿論ナイスなんですが、やっぱり気になるのは・・・
 
カカシが《九尾チャクラ有りの場合は、神威の力が3倍以上になった》と言ってる部分なんです。 
 
九尾の力を借りれば、カカシも3倍以上! さらに今回ナルト経由で九尾チャクラを再び貰ったカカシは『前回よりも はるかに強く・・・多い・・・』と言っている・・・これが更に気になるんです。ってことは、今回は「八尾より遥かに大きなモノ」も神威で出し入れできるってことでしょ・・? だったら十尾ぐらい超巨大なモノだって行けるんじゃないの?と思ってしまう訳です。 もちろん、十尾を飛ばそうとしたってオビトが止めるでしょうけど。
 
で・・・更に更に気になってるのは、《ナルト経由で九尾の力をお裾分けして貰ったカカシ》でも、八尾以上の巨大モノが飛ばせるんだったら・・・ 《九尾より遥かに大きな力を持つ十尾とダイレクトで繋がってるオビト》が神威使ったら・・・それこそ尾獣なんてモンじゃない、巨大な建物とか町とかもブッ飛ばせたとしても理論上はおかしくないと思うんです。 なので、私としては例の613話「頭」に於ける《オビトの「神威でマダラさんの尻拭い=下の世話」疑惑》を推してしまうのであります。今回のお話は、それ以外にも第613話とリンクしてる部分があるので読み直してたんですが・・・やっぱり怪しいんだなぁ、オビト。。
 マダラさんが飛ばさせた十尾玉そのものを時空間に出し入れしてコントロールしたか、あるいは町か建物ごと神威で飛ばしてた可能性充分にあり、かと。
 
そして・・ナルトと九喇嘛の「チャクラ渡し」の違いなんですが、なるほど・・・ナルトは九喇嘛チャクラを他の忍に手渡す時に、各忍のチャクラタイプに合わせて型を変換させてから渡してたんですね。 いつのまにこんな器用な忍になったんだってばよ(笑) というか・・・あの時のミナトの言葉の意味もやっと、分かったというか。
 
『人柱力として未来を切り拓いてくれる なぜかそう確信したんだ』
『この子を信じよう! なんたってオレ達の息子なんだから!』 (53巻、九尾事件当日)、
 
『お前に九尾のチャクラを半分残して封印したのは この力を使いこなすと信じていたからだ・・ オレの息子ならと』 (47巻、ナルトの九尾かを止めに現れたミナト)。
 
オレ達の息子だからとか、オレの息子ならとか・・・これにも意味がちゃんとあったんですね。 
クシナの能力とミナトの能力を《繋げれば》、九尾チャクラを他の忍達にも渡すことができる・・・・そこまで考えての発言発想だったのなら、ミナトの《瞬時に最善策を判断出来る能力》ってのは、あまりに凄すぎる。
 
そして九尾の力をナルトに封印したのは、ナルトの為という《親としての想い》だけじゃなくて、全ての忍のため、未来の為というさすが《火影らしい想い》もあったんですね。 ナルトなら尾獣と忍を“つなぐ”役割を果たしてくれるというミナトの願い・・・・もちろんそれにはナルトと九尾が和解し共闘する事が前提だから、『ミナトと、ビー&八尾のタコ足』の出会い(繋がり)無しにはあり得なかったワケですが。
 
《今ワシのチャクラとリンクできるのはクシナの血を引き・・人柱力として長年付き添うことになったナルトだけだ・・・》 《そしてナルトはワシのチャクラを他の忍共一人一人に合うよう感知し変換させ渡すことができるほど器用に成長した・・・》 《ミナト・・・てめーがナルトに自分のチャクラを組み込んで渡してたやり方と同じだ》
 
なるほど、クシナは九喇嘛のチャクラと完全にリンクできるから、九喇嘛を抑え込むこともできる。
そして、気になるのはナルトが引き継いだ『ミナトの能力』なんです。
 
《他の忍達のチャクラの「型」を感知でき、さらに己のチャクラをその型に合うように変換することができるミナトの能力》・・チャクラの「型」とは、個人によって違う個体識別できるモノなんだろうか。
ミナトには独自の感知能力があるのは過去記事等で度々触れておりますが、彼は地面に指をついて離れた場所にいる忍達の「人数」を感知できるんです。
 
「ん!」 「気を付けなねみんな・・・ 敵は二十はいる ・・・おそらく影分身の術だけどね」 (27巻第240話)。
 
地面を伝わってくるチャクラの電気信号みたいなものを感知してると思うんですが、この時「20人」と分かったのは、20個のチャクラを感じ取ったから・・・そして「おそらく影分身だけどね」と分かったのは、「全員同じチャクラの型」だったからなのでしょう(ちなみに、この時カカシも「みたいですね」と言ってますが、カカシの場合はニオイで感知するので、20個のニオイが全て同じニオイだった・・という判断だったと思います)。ようするに、ミナトはチャクラを電気信号のようなモノとして感知して型を判断でき、チャクラの型を変換させる事ができる・・変圧器(トランスフォーマー)みたいな人なんじゃないかと(理系音痴なんで、理論的には突っこまないでsvp)。 だから九喇嘛も言ってるみたいに、ミナトは自分とクシナのチャクラの型をナルトのチャクラに合体できるように変換させ、封印式に組み込むことが出来たってわけなんですね。
 
ということは、ミナトの飛雷神の術・・・あれもトランス能力を応用して自分を引き寄せてるんだろうか。58巻に出てきた「雲隠れのトロイの磁遁」が飛雷神の原理のヒントだと今も思ってるんですが、ミナトの体質が「ビリビリと電気を帯びる体質」だったのは間違いないと思うんです(「ビリビリ」は、57巻の話、エーとミナトの勝負で出てきた飛雷神使用時の「音」)。そしてナルトにもトランス能力があるのだとしたら、これはもう・・・ナルトが飛雷神の術を完成させるフラグなんじゃないでしょうか(とまた、勇み足発言)、イヤイヤ真剣にそう思ってるのです。 
これからナルトもサスケも「時空間」に入れないと、本勝負には進めないんじゃないか、とね・・・。
 
(雑考その2へ続けます・・・)