ナルト好きブログ!(NARUTO考察・雑考)

NARUTO-ナルト-の考察(伏線、言葉、人物考察などなど!)続行中!

NARUTO-ナルト- 656:交代 今週のジャンプ・ナルト感想 (WJ01号) その1

NARUTO 656:交代

 
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「交代だ」
 
マダラほど表情が豊かで「面白い」人はいないんじゃないか・・と思ってしまう。
“マダラ立ち”して髪靡かせ見下ろす時の表情も、“後ろに立たれて”思いっきりビビる姿も、“柱間ァァ・・!”の時のギラギラにんまり顔も、とにかくド派手。
今週は、かつての大蛇丸以上の《どす黒い表情》を見せちゃっているマダラですが、でもなぁ・・子供の時の「本当のマダラ」を見ちゃってるし、愛情が人一倍深い人だってことも分かっちゃてるしなぁ・・。
 
656話のタイトル《交代》ですが・・
 
今回の「交代」とは、言うまでも無くマダラとオビトの「交代」ですが、NARUTOの中で使われる「交代」という言葉には、たとえば「世代交代」などがありましたが、マダラはそれが出来ない人なんですよねぇ。
責任感が強すぎるのか、愛情が大きすぎるのか、弟を守れなかった後悔からなのか・・ うんと先まで自分が見据えないと気が済まないらしい。
ホントはもう過去の人なんだから、ここは生きてる者に託して欲しいと思うんですが、マダラが安心して次世代に「交代(数珠つなぎ)」できるようにしてあげないとダメみたいですね、どーやら・・。
 
あと、NARUTOの中で使われる「交代」には、ナルトと九喇嘛、ビーと八つっあんの「交代」ってのもよく出てきます。「どっちが表に出るか」ってやつです、八つっあんや九喇嘛がしゃべったりする時にやってる、尾獣と人の交代・・「ちょっと交代してくれ」っていう「交代」。 
オビトとグルグルの関係も「交代制」だったんじゃないか疑惑を持っておるのですが(オビトは“シフトする”と言っていましたが)、マダラと十尾の関係も、今週さらに気になってまいりました。「交代」という言葉は、マダラとオビトの交代だけにとどまらず、いまだに残るあらゆる「謎」に迫るカギになる言葉なんじゃないだろうか・・と。
 
さて〈前置き長くなっちゃいましたが)・・ 
 
ナルトが神樹の天辺で作ってみせた「希望の光」、希望の花。それが雲に隠れた月に代わって暗闇を照らす光となり、その光がオビトの写輪眼、右の瞳に映る・・・いいですねぇこの描写。
 
ナルトは単純に“手っ取り早くマダラを探す為”に、とにかく一番高い所(神樹の天辺)に駆け上がって、それで風遁螺旋手裏剣を作った「だけ」なのかもしれないんだけど、ナルトのそういった何気ない意識してない行動が、他の者にとっては思いがけず「希望」になったりする。 意識してカッコつけた時の行動以上に、ナルトがごく自然にやってる行動のほうが、案外と人の心を動かしていくものなんですね(ナルト自身が気づいてないところで)。
 
オビトが(ナルトの道か……)と希望の光(螺旋手裏剣)を見つめていると、それがまるで光の「輝きへと続く道」に見えて…「…かもな」と呟く。それにカカシとミナトは「!」と反応する… 
オビトが言った「かもな」は、(ナルトの道…かもな)でもあるけれど、その前のカカシの言葉《信じる仲間が集まれば 希望も形となって見えてくるかもしれない…》に対しての答え、「かもな」だったんじゃないのかな。
 
神樹の力など借りずとも、人間は神樹から借りた力(チャクラ)をちゃんと希望という形に変えることも出来るの「かも」と・・本来目に見えるはずもない「希望」だって、形にすることが出来るの「かも」と・・そして、それが地獄のようなこの世界を照らすことも出来るの「かもな」と、オビトもようやく「かも」という言葉を受け入れることが出来るようになったんじゃないだろうか。
 
オビトが一番こだわっていたのは「希望という言葉を口先だけにせず、本当に実現できるだろうか」という点だと思うんです。オビトだってナルトが「希望」であることは前から分かってたハズで、だからこそ鉄の国の宿屋に「お忍びで」ナルトに会いに行って確認しに行ってたぐらいなのだから(黒ゼツに内緒で・・しかもナルト達には「楽しかった」と言って)。
ただ、オビトはどーしても「確信」が欲しかったのだろうけれど、ここに来てようやく「かも(可能性)」を受け入れられるようになったのは、この前のカカシの言葉のおかげだったんじゃないのかな。
 
《あいつ(ナルト)も失敗するかもしれないよ ――そりゃね》
でも・・・
《あいつが道をつまずきそうなら オレが助ける》
 
失敗するかもしれない、でも、それなら誰かが助けてくれる・・あの言葉は「自分の失敗を許せなかった」オビトの心の重荷をおろしてくれるような言葉だったんじゃないだろうか。そして・・それが何よりも「カカシ」の言葉だった事、オビトが誰よりも信頼しているカカシの言葉だったからこそ、オビトの心に響いたんじゃないかとと思います。
 
656話冒頭の、ナルトの道を見つめるオビトの表情は、この上なく穏やかで「嬉しそう」・・・
 
 
・・・そして、柱間とマダラですが。
 
(いい間だぞ 四代目の息子よ! これを決めてそのスキに封印する!!)
 
ナルトが「いい間で」連携攻撃をしてきたことが、父・四代目譲りであると柱間は感じ取り、それが「四代目の息子よ」という言葉になって出たのかもしれませんが・・
 
柱間がうずまきナルトと呼ばずに「四代目の息子」という言い方をしてる・・
 
こんなちょっとした言い回しにも、今週は“数珠つなぎの想い”というのを感じます(ちなみに柱間はナルトの名前は知っている)。ナルトは「四代目とクシナの子供」であり、四代目とクシナの意志、想いを受け継ぎ繋いでいる存在でもある。
 
ナルトは“ナルト”という個であるだけじゃなく、“四代目の息子”でもある・・
 
 
(そして、我愛羅と守鶴の対話)・・・
 
今週、表情の変化が気になったのはマダラだけじゃない・・
 
忍の中でも、最も表情の変化が分かり難い一人が我愛羅だと私は感じてるのですが・・マユ無しってのは特に分かり辛いのかな(二代目チョビ影は眉無しでもやたらと表情豊かだったけど)。今週の我愛羅も、別に分かりやすくニコッとするわけでも無いんだけど・・だけどその「僅かな表情の変化」の中に、我愛羅の心の中で起きてる「変化」を感じられるんです(・・よね?)。
額縁みたいに隈で縁取られた我愛羅の目の、“わずかな違い”・・・そこに、なかなか素直に感情を伝え合うことが出来なかった2人《守鶴と我愛羅の心が通い合うのが伝わってくる・・。
 
我愛羅は人柱力の時から守鶴の力を借りていたし、九喇嘛とナルトに比べたらずっと「距離」も近かったけど、それは互いに「孤独」な点で心が共鳴してたからだと思うんです。でも、お互いに素直にそれを語り合う事は無かったんだろうし、認め合う事もなかったんだろうな・・。
 
でも・・
 
「狐七化け狸八化けってな! バカ狐に負ける化け狸様じゃねーぜ!」
 
「……!」
 
「オレはお前の頼みを聞き入れたんじゃねェ! オレ様の意志で動く!案内しろ!」
 
「……」
 
守鶴は相変わらずだけれど、それを聞く我愛羅の「守鶴を見つめる目」は優しい。
 
何かと九尾を目の敵にする守鶴の本当の「気持ち」… “化けライバル”九尾のことを、やたらと意識しまくりの守鶴の本当の気持ちとは、「繋がり」を求めてる…ライバルとして意識し競う事で、ホントは九尾とも繋がりを求めたいんだろうと…その「素直じゃないところ」を我愛羅は分かってやれたんじゃないだろうか。自分と似ていると・・そんな守鶴の事を、我愛羅は愛おしく思えたかもしれない。
 
我愛羅と守鶴の周りに「協力する」と集まってきた他の尾獣達・・)
孤独だった守鶴のまわりを、尾獣達が囲んでくれてる・・よかったね、守鶴。
 
そして我愛羅「感謝する」という言葉・・なかなか《ありがとう》が素直に言えない(言えなくなっちゃった)我愛羅が言った「感謝する」の言葉は、尾獣と人間の新しい関係に繋がっていくんじゃないでしょうか。 人柱力や人間達が今まで尾獣に《ありがとう》と感謝するなんて、まずあり得なかったのだから(前にカカシもチャクラをくれた九喇嘛に「ありがとう」をナルト経由で伝えていますが、他の忍達は感謝していない・・・)。
ここでまた、白ゼツの「逆にありがとうって感謝して欲しいぐらいだよ(603話)の言葉を思い出しちゃいます。
 
本来「敵」と認識する存在とでさえ、“本当はつながりを持ちたい”のが生きるモノの隠れた本音なのかもしれないし、そして敵を責めるのではなく、逆に《ありがとう》と言えることも…そんな「常識の枠を超えた」一歩が、世界を変える事になるんじゃないだろうか。 そして、我愛羅の次の一言が、さらに尾獣との距離を縮めるモノになったんじゃないかと思います。
 
「砂の忍の人間… お前もナルトの知り合いか?」
 
「ああ… 最初の友だ」
 
これ、「友」と「最初の友」では全然違う。尾獣達への想いの伝わり方も、意味も全然違ってくる。
 
要するにナルトが我愛羅と繋がってくれるまで、我愛羅には友が「いなかった」…つまり我愛羅はずっと孤独だった。ナルトに出会うまでずっと孤独だったんだと…だから「最初の友だ」という言葉には、自分は尾獣達と同じで、尾獣達の孤独の悲しさ、気持ちも分かるんだという想いも含まれていると思うんです。我愛羅が尾獣達の心を「理解できる」事を伝える言葉でもあったのだろうと・・ それは守鶴と同じ悲しみ痛みを共有し、守鶴の痛みを想うことが出来たからこそ、伝えられた言葉でもあったんだろうと思います。
 
 
(そして、ゴホッゴホッと咳き込み弱るオビトを見つめるミナトとカカシ、そして尾獣を抜かれた事でオビトは死んでしまうのではないかと言いかけたミナトに、陰九喇嘛が話し掛ける・・)
 
「十尾の人柱力は他の人柱力とは違う… 尾獣を抜かれても死にはせん」
「十尾の殻… つまり外道魔像が残るからな… ありゃ相当な生命力だ」
 
オビトが即死しない理由・・それが《十尾の抜け殻が残ってるせいかもしれない》という事は、既に652話の陽九喇嘛のセリフ「(尾獣を)引き抜け!そうすりゃ奴の力は十尾の抜け殻だけになる!」から示されておりましたが(652話雑考2)、
でもあの時、九喇嘛は「だからオビトは死なない」とまではナルトに説明してないんですよね・・なのに、ナルトは九喇嘛の言葉からちゃんとそれも理解できていた。 ナルトは「オビトにはまだ十尾の殻が残ってる」から「死なない前提」でお説教したのだろうし、「こっちへ来い」とまで言えたのだと思います。ナルト、やっぱり成長してるな・・というか、そういう勘は「四代目の息子」だけに元々鋭い。
 
そして、それを聞いたミナトとカカシの反応…
 
私が「忍の中でも、最も表情の変化が分かり難い」と思う一人には・・カカシも含まれてるんです。顔半分マスク(仮面のようなモノ)で覆っているせいもありますが、彼はずっと感情を表に出すことを抑え込んできた一人でもある(と思う)。
特に「部隊長」として部下達を率いる戦場などではね… 
 
それでも、この戦争では珍しく「沸騰」したり、オビトの出現に戸惑ったりしてましたが(当然ですが)、でもオビトに関しちゃずっと想いを封印して厳しく接してきた。それが先週ミナトに「解かれてから」、ずいぶんとオビトに対しても素直に想いを見せるようになってきたと感じてます… 今週もカカシの表情は「豊か」。 
 
「まさか」の表情も、「…!その術は代わりにお前が…」の顔も、オビトの言葉を聞いて「・・・・」になってる表情も。
 
カカシは「自分がケジメを付ける」とオビトに止めを刺そうとまでしたのに、実際にオビトが「(尾獣が抜かれて)死んでしまうのではないか」と思うと動揺しちゃう。そしてオビトが輪廻天生を使おうとすると「それではお前が死んでしまう」とまたまた動揺する…
 
やっぱり、オビトに死んでほしくないんだな・・・カカシ。
 
オビトには「生きて欲しい」んでしょーよ・・やっと会えたんだもんね。ずっと会いたかった・・たとえ「今のオビト」がどうあれ「親友」なんだから。ずっと「もしお前が生きてたら・・」なんて思ってたんだもんね。
 
ミナト先生はカカシのそんな気持ちをすっかりお見通しで、
 
「カカシ 心配しなくてもいいよ」 (尾獣を抜かれてもオビトは死なない)
 
なんて言ってる… 
 
さりげない「先生ならではの」ミナトのこんな言葉が、カカシの心を救ってくれてるんですよねぇ…。《ホントはオビトを死なせたくない》カカシの心をちゃんと分かってあげてて、「そう思っていていいんだよ」とでも言うように「心配しなくていいよ」なんて言ってあげてる… ミナトは今でもカカシ達の「先生」なのだなぁとつくづく思います。こんな事をカカシにしてあげられるのは、ミナト以外には居ない… やっぱりどこかでリンが「ちゃんと見てる」のかもしれませんねぇ。
 
 
 
(その2、オビトの輪廻天生、そしてマダラと黒ゼツの話へ続けます・・
アップは 今夜、或いは明日になるかもしれません)