ナルト好きブログ!(NARUTO考察・雑考)

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NARUTO-ナルト- 635:新しい風 今週のジャンプ・ナルト感想 (WJ30号) その1

NARUTO 635:新しい風 その1

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「君の笑顔が嘘だってのは・・・ もう分かるんだよ」 
(サイ)
 
あんなに逞しい姿を披露したサクラなのに、心臓が震えちゃってるような、なんて弱々しい笑顔・・・
 
彼女が今、心の中で葛藤しているのは《信じるということの難しさ》なんではないか・・と思っています。 そして、今週はずっと《それでもアナタは相手を信じられるか?》というテーマが貫かれているんですが、これ・・本当に難しい問題ですね。 そして、この『解決』無しには忍世界は「変われない」。
 
サクラについては(その3)で述べさせて頂くとして、まずは気になる先週の続き、《大蛇丸組》の動向から。 大蛇丸綱手の「再会」は、もっと・・・年齢的にも「しっとり」した感動モノになると思ってたんですが、チーム“鷹”によるコント、「ギャグ連発」になってしまった(笑)  
だけど、ギャグの中に《重要テーマ》をそっと忍ばせる「キッシー流」は相変わらずでして、今週も幾つか気になるセリフがありました。 
 
で・・・まず最初は水月のコレ、
 
「なめくじ見たら塩かけたくなるもんでしょ誰だって!!」
 
・・・ごもっともです(笑)
 
 
・「ナメクジには塩」の心理
 
蛞蝓を見て、すぐ「ゲェ・・・でっかいなめくじ・・・倒すのに塩どんだけいるかな?」と言った水月は子供っぽいとはいえ、「ごく自然な反応」だと、ナメクジ苦手な私は同意してしまうのです。 
というのも、以前植えたばかりの花を「一晩で全部ナメに食べられた」トラウマが私にはありまして・・・だからナメクジ見たら即駆除(敵と認識→塩で攻撃)しちゃうんですよね。 たとえ、おナメに「憎しみ」は無くっても、「ホントに塩かけたら溶けるか」実験してみたくなる人は多い(ハズ)・・・それって人間には「ありがちな」行動じゃないかと思うんです。 
 
過去に一度でもその相手に「何かやられた」人は勿論、そうじゃなくても「危険」という情報を得ていれば、その相手を「敵」と認識する・・・そして、見た目的に「ダメ」な相手にも露骨に「警戒心」を抱く(そして、被害を受ける前に抹殺)。 
《ナメクジには塩》的な発想は、忍達にとっては「常識的」な発想・・・だけどこの発想の基本こそが「厄介」なものになってると思えるのです。
 
例えば、大蛇丸に「懲りている」人達は、すでに出来上がった大蛇丸は敵、見た目的にも気持ち悪い》というイメージを簡単に払拭できないでしょう。 いくらオロちゃんが「毒抜け」して見えても信用できないと思うんですよね(怪しすぎるから)。 だから、水月『ナメクジには塩』と思ったように・・・蛞蝓が大蛇丸を警戒して即、『酸攻撃』態勢を取ったのも、当然だと思うんです。 いくら大蛇丸「私は五影の処置をしにここへ来た・・敵じゃないわ」と言ったとしても。 
 
でもそういった「問答無用で危険物(者)を攻撃・制裁・排除しちゃう」姿勢が、忍の「終わらない戦い」の原因(の1つ)にもなってると思うんです。
 
 
・「信じられる根拠」
 
 
信じられる根拠がありません! それにあなたは死んだハズです!!」 (蛞蝓)
 
・・・ごもっともです。
 
「根拠」・・そうなんですよね、誰でも「信じる」ためには「根拠」ってモノが必要なんです。 私なんかも、一応意見を言う時には必ず「根拠」はセットで出してるんです。 根拠が無ければ意見として成立しないと自分は考えるんですが、逆に言えば《根拠さえあれば》って発想でもあるんですよね。 
でも何でも「根拠」に頼り過ぎることは良し悪しだと、根拠が「すべてではない」と今週考えさせられちゃった感じです。「根拠神話」、ここに崩れたり。
 
 
「怪しい行動をしたと思うなら酸で“今度こそ”本当に殺すといいわ」 (オロ)
 
「今度こそ」が強調されてる(点がふられている)のは、前回も蛞蝓は「酸攻撃」をしてるからなんですよね、「三竦みの戦い(19巻)」で蛞蝓は「舌歯粘酸(ぜっしねんさん)」という岩さえ溶かす強酸で攻撃しているんです。 しかも口寄せ3匹の中で、一番最初に攻撃してきたのが「蛞蝓」だった・・・おとなしい顔して意外と、やる時はやるんだってばよ(笑)
 
大蛇丸が言うように「提示できる根拠がない」場合は、「これからの行動を見てもらう」しかないんですよね(サスケもそうだと思うけど)。 
今回の開戦時に、連合の砂の忍と岩の忍が一触即発状態になった時・・・「もしそれでも砂が許せないのなら この戦争の後にオレの首をはねればいい」我愛羅が言ってましたけど、相手に信じてもらうには「命をかけて」行動を見てもらうしかない。 ナルトが尾獣達に信じてもらうために「意志を行動で証明した」のも、同じ・・・
 
大蛇丸はジッと蛞蝓を見つめ、蛞蝓も大蛇丸を見つめる)
 
「分かりましたアナタを信じましょう」
「マンダと違って物分かりがいい・・」
 
蛞蝓には「他に綱手を救う手段が無かったから」という、ある意味「賭け」の部分もあったと思うんですが、それでも大蛇丸「まっすぐ蛞蝓を見つめる目」に「誠」を見たんでしょうか。 
以前、サイに向かって「目上の人間に話しかける時はちゃんと顔を見せて話すのが礼儀よ」と苦言を呈した大蛇丸ならではの「誠意、礼儀」は、蛞蝓にも伝わったんじゃないかと思います。 余談ですが、サクラがナルトに「嘘の告白」をした時は目を逸らしてましたっけ・・・ 
 
そして「信じる側」も、「コイツは信じられないから」と問答無用で斬り捨ててしまうか・・それとも「信じてみる」か。この「選択次第」で大きく世界が変わることもあります。自来也の選択にしても、長門がナルトの事を「信じてみよう」と言ってくれた時みたいに。 
 
「マンダと違って物分りがいい」の一言に、かつてオロちゃんがいかに「マンダ」に手を焼いて来たか・・その苦労が垣間見えますが、蛇ってのは「人間の扱い方次第」で変わるらしいから、大蛇丸の「マンダへの向き合い方」がもう少し違っていたら・・・マンダもちょっとは違っていたのかも。 そして、まだ謎多き口寄せ動物の「システム」ですが・・・
 
 
・蛞蝓という「システム」
 
 
「私は綱手様の百豪の力に呼応して力を使うことができます 今の綱手様はすごく弱っておいでで 私の力を十分に発揮できないのです」 (蛞蝓)
 
「そういうシステムだったかしら・・」
 
今週は何度も「システム」って言葉が出てきます。 ここでの「システム」とは、「仕組み」ってことですよね(あと、水月達の会話で、お互いの体の「変なシステム」についてのやり取りが登場します。香燐の回復させる能力、水月の分離合体能力は、どっちも白ゼツ・・いや十尾由来の「システム」っぽい。分裂体経由で回復させられる「蛞蝓」も十尾由来のシステムなのでは)。
 
「蛞蝓の力は綱手の百豪の力に呼応する」らしいですが、「口寄せ動物の力は、術者の力に呼応する」システムは、他の口寄せも同様なんでしょうか。 そして「口寄せが解けかかっているのをどうにかこらえつつ」という蛞蝓の言葉・・・これは「口寄せ動物はまず術者を倒すのがセオリー」とつながりますよね。術者の力が「消えれば」、口寄せ動物も「消える」。
 
これで改めてちょっと気になるのが、「かつてのマダラと九喇嘛の関係」なんです。 《マダラは九尾を口寄せしておける時間は長くは無かったとミナトが言っていたことがあるんですが、なぜ「わざわざそういう情報が」描かれてるのか・・これがずっと気になっているんです。 どうしてマダラの「九尾口寄せ」には「時間制限」があったのか、それは尾獣の実体化の時間制限なのか・・それともオビトが使っていた「すり抜け能力」が「5分しか使えなかった理由(推論ですが)」と共通するものがあるのか・・・等々考えているところです。 話がそれるので、いったんそれは置きますが・・
 
 
・「バラす方が得意なんっスけどォ」・・・
 
そして大蛇丸は、水月綱手の下半身と上半身を繋げなさい」と命じてるんですが、えっ、水月って「繋げる事」も出来るんですね。 鬼灯一族の「体液を使って分離できる能力」は、ようするに「分離した後合体する能力」でもあるわけだから、術も「扱い方次第」・・・最強の「矛」は、最強の「盾」にもなるってことですか・・。
 
「え~~~~!」
「バラす方が得意なんっスけどォ」
 
水月は、大蛇丸様にも「え~~~」なんて逆らえるほど懐いたんですね(笑)。 そうじゃなくても水月と言えば《手足をぶった切ってから頭に止めを刺す》と言われたほど、“ぶった切りの残虐イメージ”が強かった子だけど、今じゃ“くっつけて治してくれる優しいイメージ”に変わろうとしている・・(本人はカッコ悪くてイヤだろうけど)。 人は・・・行動次第で変わる。 そして誰でも『両面』を持っていると思うし、そのどっち面を見るかで「イメージ」も180度変わる。 
 
水月は術で綱手の体を繋げてあげ、香燐は腕を噛ませて回復させてあげる》
・・・いい画じゃあないですか(ウルウル)。五影会談を襲撃した“鷹”が、今度は五影達の命を救いに駆けつけてくれた・・・そして助けてくれた事に大きな意味があると思うんです。  かつての「敵」が、助けてくれる・・・
 
こうやって人は助け合い、分かり合っていけるんだなぁと・・・水月と香燐が綱手を助ける画』「これから」の世界の姿なんだろうと思えてくる・・・そして、いかにも「NARUTOらしい」画でもあると思えるのです。 
 
(っていうか、なぜ今まで、連合は五影救援にいかなかったの?)・・・
 
 
・香燐の「信じる」気持ち
 
(吸い取られすぎてウチが老けそう・・)と心配しつつ、ちゃんと綱手にチャクラを吸わせてあげてる香燐・・・彼女の回復体質(システム)も十尾由来っぽいですが、それよりも《年頃の女の子が、ずっと寝巻風の脱獄の囚人服姿で 足に枷をつけたまま(そして気にしてない)》なのが気になっちゃいます(笑)

「サスケくんと離してこっちに連れてきたのがそんなに不服?」 (オロ)
「その通・・・じゃねーよしィ! さっさと行くの・・水月てめェー!!」 (香燐)

「え~~~!サスケ以外に噛まれるのヤダなぁ・・ウチ」
「あ!!サスケ好きを公言したね今!!」 (水月
「ちっ・・違がァ・・!!あんなクソヤローサスケ好き・・くねーだろが!! ウチを殺しかけたのが・・たまらない・・違うかァー!!」
 
「何言ってんの!?」 (水月
 

香燐、ホントに「何言ってんの?」(笑)
 
支離滅裂になってますけど、香燐の心の中はまさに「こんな感じ」じゃないかと思うんです。
「自分を殺そうとしたクソヤロー」という「サスケを信じてはいけない根拠」はあるのに、「好きな気持ちを止められない」っていう・・・理性(アタマ)での考えと、感情(心)の考えが葛藤中なんじゃないか、と思うんです。 で、香燐はとっくに分かってるんじゃないだろうか・・・「心の声は、アタマの声に勝る」って。 
 
で、ついに「るっせー!今は(ウチの腕は)サスケ専用なんだよ!!」の一言でそれを「認めちゃった」 (素直でよろしいぞ!)。
 
心の中でずっと葛藤しながらも《どんなトラウマ、どんな否定出来る根拠があろうと、ウチはサスケを信じるんだ》という揺るがない、本当の「信じる」強さ、本当の「愛情」が香燐にはある・・と私は思うんです。 だから「刺されてもなお」サスケを嫌いになんかならない。それどころか「香燐を刺さざるを得なかったサスケの気持ち」さえ、香燐は理解し受け入れてるのではないかと思うんです。 
 
・・・《それでも、香燐はサスケを信じてる》。
 
水月にしたって、サスケの事を一度も「疑った」ことは無いんですよね・・・真っ直ぐにサスケを慕い、信じてる。 
 
もっとも、これから戦場で「サスケの言動」を見た時、彼等はサスケをどう思うんだろうかというのはありますが、“鷹”たちの「それでもサスケを信じる気持ち」というのは、本物のチームワークだと私は思うのです。 だから、きっと香燐と水月ならサスケを「信じて」くれるんじゃないかと信じます。
 
(サスケェ、“鷹”を大事にしなさいよ!)。
 
 
 
 
 
(その2へ続けます)・・・