ナルト好きブログ!(NARUTO考察・雑考)

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NARUTO-ナルト- 625:本当の夢 今週のジャンプ・ナルト感想 (WJ18号) その3 「うちはの石碑」のこと

NARUTO 625:本当の夢 その3

(その2の続きです)
 
《一つの神が安定を求め 陰と陽に分極した 
相反する二つは 作用し合い 森羅万象を得る》
 
「つまり…相反する2つの力が協力することで 本当の幸せがあると謳っている…」 (マダラ)
 
さてついに「うちはの石碑」の内容が一部公開されましたが、まさか柱間の回想で出てくるとは・・・。 集会所はうちはにとって「聖地」のような場所、そこに「千手の長」を連れてくるなんて・・・まるで「腑を見せるような行為」といいましょうか。 マダラはそこまで「覚悟」を柱間に見せる必要があったのか・・・あるいは六道仙人の「片割れ」としての柱間に、「自分たちの背負う宿命」を伝える意図があったんでしょうか。
 
マダラが「里を抜ける」時のことについて、オビトはこう語っています・・
 
《うちはが主権の座からどんどんと遠ざかっていくのは明らかだった オレはうちはを守るため うちは主導の道を選ぶことを決めた… 柱間と対峙する道を行くことを…  しかしうちはの者でさえオレについて来る者はいなかった  部下たちは再び争いの火種を起こそうとするオレをうとましく思い 裏切ったのだ》 (43巻からの抜粋)
 
この中の「うちは主導の道」とはうちはが政権をとるという意味でなく「本当の夢への道(無限月読)」にうちはの力で導くという意味だったんだろうか。 この時マダラは、いずれ柱間と闘って柱間の細胞(肉体)を手に入れ、陰陽遁で「本当の夢」を造りだす計画を立て始めていた・・ということなのかな。
しかし、石碑の碑文だけでそこまでの計画が立てられるものなのか・・・マダラが「どこで知識を得たのか」、その辺りもかなり気になっております。。 

「柱間・・・オレが何も知らないと思うか・・・?」

「・・・・・」 「扉間の事はオレに任せてくれ・・・」

柱間はやはり、この前の「扉間との会話」をマダラに聞かれてたと思ったみたいですが、う~む・・個人的には、マダラが窓の外で盗み聞き等するのかどうか・・ちょっと疑わしいと思っていまして(カカシはよくやってるけど)、アレはマダラじゃなかった可能性もまだ考え中です。 マダラが扉間の心を読んだのは「崖の上で目を見つめ合った時」かと考えておりますが・・・一応。 
 
それで扉間が二代目火影となったら「うちはは消されていくんじゃないか」とマダラは不安を抱き、一族に里を出るように声をかけたようですが、しかし・・・

「誰一人オレに付いてくる者はいないようだ」

「弟も守れなかった…」
 
「一族を守ると弟と交わした約束も守れそうにない… 守りたい同族からも信用されていない…」
 
「あの時・・・お前に“弟を殺せ”と断定するべきだったのかもな・・・」
 
「お前はオレを兄弟と言う… だが里のためにどちらを斬れる?」

「・・・・・・・・」
 
 
柱間は「扉間の事は任せてくれ」というけれど、このままではいつか柱間は《扉間を斬るか、マダラ(うちは一族)を斬るか》の選択を迫られる時が来てしまう。 その場合、柱間ならどうするだろう・・・? 
もしかしたら柱間は、うちは一族を守るために「弟の扉間を斬る」選択をしてしまう「かも」しれない・・・
 
「…オレはお前の事を よく分かっているつもりだ これ以上は無理だ… オレは里を出ていく」
 
弟を失う悲しみをマダラはよ~く分かってるし、柱間にだけは自分と同じような思いはさせたくないハズなんです。 《オレはお前をよく分かってるつもりだ》・・の言葉は、柱間が情が深い奴だとわかってるだけに、これ以上柱間を「追い詰めることは出来ない」という意味だったんじゃないだろうか・・・お前に辛い選択はさせたくない、と。 
だから、マダラは扉間を憎んで里を出たのではなく、柱間に「弟を斬らせないために」里を出る選択をしたんじゃないだろうか・・と思っております。
 
たとえ「一族」に背を向けられても「反逆者」の名を受けようとも、それが「友」の為一族のため・・・それがマダラに出来た唯一の選択だったのかもしれません。
 
爺ちゃんになったマダラは、オビトに散々こんな事を言っていましたよね・・・
「勝者という概念がある以上 敗者は同じくして存在する」 
「お前が傷ついたからこそ助かったものがいる 違うか?」 と。
 
この世界では、2つの相反するモノは協力しても上手くはいかず、「どちらか」を選択しなければならない・・・。だから、『勝者だけの世界 平和だけの世界 愛だけの世界 それらだけの世界を造る』と・・そのためにマダラは柱間と闘って、「本当の夢」を造る道を決意したのでしょうか。 

「現実をどう捉えるかだ柱間… …ただ卑屈なのはヤメにしよう…」
「この世はただの余興と見る方がまだ健全だ… 
オレと対等に争えるのはお前だけだ」

「・・・・・・」

「本当の夢の道へ行くまでの間…」
 
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「お前との闘いを愉しむさ」
 
あぁぁ・・・また「悪そーな顔」しちゃってますが、コレ影効果ですから・・「影効果」。

「お前との闘いを愉しむ」なんて言うから、《戦闘狂マダラさん》のイメージになっちゃうんですが、《戦いを楽しむ》ではなくって、《闘いを愉しむ》なわけでして(「闘い」と「戦い」の違いはしつこいので省略いたしますが)「愉しむ」と「楽しむ」でも意味が違ってきます。
「楽しむ」だったら嬉しくって浮かれる意味ですが、「愉しむ」は心の中のしこり、わだかまりを刃物で抜き取るという意味(実際に柱間の細胞の一部を抜き取ろうとしてたんでしょうけど)・・・マダラは柱間との闘いで、この世界へのわだかまりを取り払いたかったんでしょうか・・・この世界へのわだかまり、「未練」を。

柱間とマダラ・・・この2人の行動は、とにかく愛情のスケールが違います。 どちらも互いの事を理解し、互いを守ろうとする・・・
オビトの話によれば、マダラは裏切られて「恨みを持ったまま」里を出たような感じでしたが、柱間の回想を見ている限りでは、マダラは柱間と一族のために(憎しみではなく、愛情のために)「決意して」出て行ったような感じがするんですよね・・。
 
最初に「運命」に選ばれた二人は、あとほんの少しのところで「1つ」になれなかったけど『次に運命に選ばれた二人」であるナルトとサスケ・・・
ナルトのほうは、トビ(オビト)から六道仙人の話や「次の運命に選ばれた二人」であると教えられてますが、サスケのほうはまだそれを知らないハズなんですよね。この回想が終わったら、サスケは石碑に何を読み取るのでしょうか。
 
「何であれ1つとして1つで完璧なんてものは無いのかもしれない だから補うモノが引き寄せられるように生まれ・・側で対を成して初めて少しでも良い方向へ近づけるのだと思う」
 
・・・例のイタチの言葉ですが(61巻)、あの言葉を語る時、イタチは自分自身に言い聞かせるように語っていましたが・・あれは「石碑に書かれていたこと相反する二つは 作用し合い 森羅万象を得る)を思いだし、改めてその意味をかみしめていたのかもしれません。 でも、イタチもオビトも、なぜか石碑の内容も六道仙人のこともサスケには話してないんですよね。それは「サスケ自身で」見出さなければ意味が無いと考えてのことだったのかな・・・。
 
そしてミナトと一緒に出てきてる「ハズ」の、九尾の陰チャクラ・・・これはサスケに託されるのではないかと考えています。 ナルトの「陽」と、サスケの「陰」で・・・2人が共闘した時に「1つ」になる時は近いんじゃないだろうかと。
 
もし、本当にサスケに九尾の「陰」チャクラが託されることになったとしたら・・・
「ミナトの魂と九尾の陰チャクラが今まで一緒に封印されてたこと」、そして「サスケがその封印を解除したこと」は、今になって非常に大きな意味を持つことになります。 
ここまで計算して描かれてたのなら・・・岸本先生の凄すぎる「計算」に、改めて圧倒されてしまいそうです。
 
 
 
 
(長駄文、読んでくださって感謝)
 
 
☆4日(木)、コミックス64巻発売です。
 
 
(ナルト好きブログ!2013/04/01)