ナルト好きブログ!(NARUTO考察・雑考)

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NARUTO-ナルト- 681 カグヤの涙 今週のジャンプ・ナルト感想 (WJ30号) その1

NARUTO:681 カグヤの涙 (1)

 
 『この戦争で計画通り無限月読が発動し 
散っていた大量の人間のチャクラを集めることで』 
 
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『母は復活したのだ』
 
カグヤのことを「母」と呼び、
母復活を「計画通り」と言っているのは、
 
《黒ゼツ》。
 
黒ゼツ曰く「今まで忍世界」のシナリオを作って動かしてきたのは「黒ゼツ」なんだとか…。
 
そしてカグヤの涙を流す顔… 優しくもあり、怖くもあり…
まるでそれは、あの時の…リンの事件の日、リンを抱えた小さな十尾みたいなオビト(とグルグル)を見つめて「血の涙」を流していた「満月」のよう…
 
今週の「おしゃべりゼツの告白」は、なるほどそういう事だったのかと「納得」した事もドッサリだったし、えぇーっと驚いたこともあるし、「むむむ」と意味が正直わからなくなったところもあったりで(笑)  にしても、こんなに一度にドサッとまとめて新事実が出てくるとは頭グルグル…(キッシー先生ェェ!!)…
 
 しかし今回の「新事実」によって、幾つかの「今までの雑考(妄想と呼ばれる)」がようやく「形になって見えてきた」と私は感じています(やっとだよ)…特に《九尾事件の真相》…アレは「いわば自然発生的な天災」と言ったトビの言葉はやはり『真実』だったとほぼ確信に至りました(あわせて「マダラが起こしたものだ」と言うイタチの言葉も同じく「真実」)。 肝心の「全ての謎を知る(であろう)オビト」はまだ寝てますが…いよいよ「謎」が解けつつありますぞ…! 
 
 まずは「新情報」を整理しつつ、今まで書いてきた事を《繋げ》、そして《まとめ》ていこうかと考えています(じっくりと…!)
 
 …まずは先週の続きからですが…
 
 
・《すべてのはじまり》
 
 須佐能乎攻撃もカグヤには通用せず、吹っ飛ばされたサスケ… 腰にさしていた草薙の剣の「空っぽの鞘」は溶岩に落ち、《ジュウウ…》と溶けてしまいましたね(剣本体はマダラがお腹から引き抜いた後「元の世界」に“置きっぱなし”でしょうか)。
 
「草薙の剣」が仙人関連グッズである可能性は「大蛇丸が必死に集めていた」という事実からも「ほぼ確実」かと思っているのですが、その剣の鞘が「溶岩(大地の誕生する場所)に落ちた=戻っていった」事が示すのは何だろう…なんて考えてました。 「草薙の剣」も、元はと言えば、この「大地」から生まれたモノなんだろうか…と。 
 以前、九喇嘛が「十尾」のことを《海を飲み、地を裂き、山を運んでこの地を作ったとされる祖そのもの》なんて言ってましたっけ。 この火山の「中」の光景は、まるで《大地誕生の地》…全てのはじまりの地であり、全ての祖である「十尾(もしくはカグヤ)の腹の中」のような印象を受けます。 すべては「ここ(大地の中)」から生まれたと言ってもいいんじゃないだろうか
 
 先週はサクラの「忍額当て」が溶岩に落ちて「ジュウ~…」と溶けていった描写について考えましたが、あれも「忍」というものが「本来はこの全ての祖から生みだされたモノ」であり、それが「元の場所に戻されようとしている」という意味合いもあったんだろうか…なんて(今になって)思えてきました。 
「忍」の夢のような力は「全ての祖」から生まれたモノであり、「忍」というものが「黒ゼツ」の壮大なシナリオによる産物なのだとしたら…黒ゼツは「元に戻そうとしている」んだろうか。
 《帰るべきところに帰る》とか《本来の自分に戻る》というのもこの戦争編の大テーマですもんね。
 
 
・《そして、今週もまた「サスケの観察」ですが。》
 
 
「サスケェ!!」 
「お前が瞬身の術みてーなの使えるようになったの忘れてたぜ 心配させやがって!」
 
ナルトの《心配させやがって》が、すっごく清々しくていいんですよねぇ…。 友を「すっごく心配するナルト」と、咄嗟にナルトに捕まって「ナルトに助けてもらうサスケ」。  先週のナルトとサスケのやり取り… 「冷酷」ぶるサスケと「本心じゃねーよな?」と見抜いているナルトといい…少しずつだけど、ナルトとサスケの「隙間(ブランク)」は埋められていってると私は確信しております。
 
で、黒ゼツは『ここまで協力するインドラとアシュラの転生者はめずらしい』と言ったり『転生者の力次第では会う事ができると知っている 母を封印するために力を渡す事も』なんて言ってるので、黒ゼツは「以前の転生者達」数組を知ってるみたいですね(あの「夜露死苦」なんて喋る転生者も知ってるのかな…)。しかも、そのうちハゴロモの力を渡された転生者」もいるって事をなぜか黒ゼツも「知っている」…転生者の誰かから「直接聞いた」のだろうか。 そして「マダラと柱間」はどうだったんだろう…?
 
 
(そして危機一髪助かったサスケとナルトの会話)
 
 
「この足場(求道玉)のやつにしろ… お互い六道仙人の力の恩恵だ」
「…だが奴を封印しなければそれを受けた意味がない」
 
「おう!」
 
サスケの口から「恩恵」と言う言葉が出たのがちょっと意外だったんです。それに「受けた意味」とかも言ってるし… この「表現のしかた」を見ていると、基本的にサスケは「マジメで責任感が強い」ってのは分かりますが、今までのように託された事を「重荷、責任として背負い込む」のではなく、「恩恵」として素直に「嬉しい」と思えてるんじゃないだろうか…と思いました。
 「六道仙人が自分を信じてくれた」事を素直に嬉しいと思う事ができ、それに《感謝》し、そして《恩返し》しようとする… それはサスケが今のサスケ自身を「認め」、そして「自分に出来る事をないがしろにしない」と思えるようになってきた事による「変化」なんだろうと思います。
 
 一方でナルトなんですが、「心配させやがって」のセリフもさりげなくカッコいい一言だったんですが、加えてもう一発… 影分身ナルトが「今のうちにオビトを!」と言って気絶中のオビトをそっと助けてるところも、ナルトの「優しさ」が出てますね。 そりゃオビトはナルトの命を助けてくれた恩人でもあるけど、さっきまでは「敵」だったし、未だにオビトを「許せない」人だらけだと思うのに…でもナルトにとって「オビト」は既に「仲間」の認識だと思います。 そういうナルトの「根に持たない」ところはぜひとも見習いたい…
 
 
・《カグヤの涙、その1》
 
 (溶岩からニョキっと現れた黒ゼツ、そこから現れたカグヤ… 黒ゼツって「地」ならどこでも出入り可能、“すり抜け”可能ですもんね)。 
しかし、そこから現れたカグヤの表情は「意外」でした。…まさか「涙を流している」とは…
 
 先週の感想で、息子ハゴロモの険しい表情を思い浮かべ、そのあと表情を曇らせるカグヤを「悲しい」と書いてしまったのですが、イヤ…正直カグヤがこんなにも早く「母らしい自然な表情」を見せてくるとは思いませんでした(汗) ナルトとサスケを「涙を流して見つめるかぐや」の顔は「優しい母」そのものです。 
 それに今回かぐやが思い浮かべている《ハゴロモとハムラ》は、まぁ…無表情ではあるけど、先週みたいに「険しい顔」でもない。それに「封印の手を突き出してる」わけでもない。カグヤにとっては、これは「かわいい懐かしい息子達」の姿なのかな…。
 
「ハムラ」は白眼らしき眼でカグヤに似た美形。ハゴロモはいかつくて「十尾っぽい」のかな…ハゴロモの角は六道オビトの角に似てますね。でも「ハムラはどうなった」と言う疑問は今回も「消えず」…  ハゴロモが一人で「人柱力になった」事や、一人で「強力な力を持っていた」事を考えると、ハムラはハゴロモに己の力を与えて消えてしまったのでしょうか…?
 
(切ないかぐやの「涙」については、最後のほうでもう一度。とりあえず「ゼツ」の話に進みます)。
 
 
・《黒ゼツの真実》
 
《さて…ここからお喋り黒ゼツの「語り」が始まります。ナルトとサスケの半身に貼り付きながらチャクラを吸い取り、「真実」を語り始めた黒ゼツ》… 
 
黒ゼツは、涙を流すカグヤのことを「シオラシイダロ」「我ガ子ニ封印サレタカグヤ 可哀想ナ母親ダ」なんて言ってるんですが、何だかなぁ…これってかなり「傍観者的な物言い」だと思うんですね。 我が子を想い涙を流す女性のことを「シオラシイ」なんて…少々バカにしてるように感じるし、「可哀想」なんて言い方も「憐れみ」であって冷たく感じます。 だけど、途中で黒ゼツのセリフは今までの「カタカナ表記」から「普通の表記」に変わり、「どっか冷めて傍観的」だった態度も変わり、「雰囲気が変わっていく」… まるで中身が変わったみたいに。
 
 
・《黒ゼツ=カグヤの子供?》
 
 サスケの「お前は何者だ?」の質問に『オレはカグヤの子供だ』…と答えた黒ゼツ。
 
 黒ゼツは「カグヤが月に封印される前」に生まれたらしいのですが、黒ゼツは「人ではない」し、しかも自称「全テノ地ハオレソノモノ」。
 黒ゼツは「カグヤの子」であり「十尾の子」でもあると言うべきでしょうか(人間の父親の子ではないですよね…おそらくは)。
 
「出産」といってもカグヤのお腹(というか下から)出てきた「普通の出産」ではなく、今週号で溶岩の中から「スーっ」と出てきたみたいな…あんな感じで「大地から生まれた」という意味なのかも…なんて思ったんですが(「大地=全ての祖=母なるカグヤから生まれた」という意味で)。でも…それじゃ「産み落とされた」と言う表現に合わないかなぁ(笑)
 
しかし、この火山の「中」が「十尾の腹の中とも言える光景」だとしたら…「全ての祖」である十尾(もしくはカグヤとも言える)とは、極端なことを言えば「全ての者の親」とも言える存在じゃないだろうか…とも思います。
 
 
『さっきも言ったな 母は我が子の手で封印されたと それはそれは強力な封印だったそうだ』
『十尾自身を地爆天星の核へと変える術… それによって十尾は月となった』
 
 なんか…「それはそれは」とか、確かに口調が「今までの黒ゼツ」とは違いますよね。 かなり饒舌で「話が巧みな感じ」。
 
で…過去の情報と合わせると、こういう事でしょうか。
 
十尾の人柱力だったハゴロモは、自身の死が迫った時に十尾のチャクラを取り出し9つの尾獣を創造し、残った十尾の抜け殻を「強力な封印(ナルトとサスケに与えた陰陽の封印)」で「地爆天星」の核とし、その結果「十尾は月となった」。
 そういえば「地爆天星」には「核」となるものが必要らしいという事は、穢土転イタチが分析してましたよね(穢土転長門が地爆天星を使った時に=58巻)。思えばあの時の描写も大切だったんですね。
 
(むむむ…結局、かぐやが「無限月読」をしたのは「いつ」なのか、その時の月はどうなったのか…等々は不明)。
 
 
で…もう1つ肝心な点を。
 
 
・《十尾=神樹×カグヤ?=月》
 
『まずは十尾だ… あれの正体は神樹だけではない 母自身でもある』
 
…なるほど「十尾」とは神樹であり、カグヤの「意志」でもある。 ややこしいけど、かぐやが憎しみと力をコントロールできずに「十尾化」したという感じなのかなぁ…とイメージしてます。「九尾化したナルト」みたいに…カグヤはもはや「己を失っていた」って事かじゃないだろうか
(「九尾化したナルト」も、まぁるい目をして黒ゼツみたいになってたし、サスケを五影会談の頃に支配していた「冷たいチャクラ」も「丸い目の黒ゼツ」みたいな絵でしたよね…という話を以前の感想で書きましたっけ)
 
さらに…
 
『チャクラの実を取り返そうとしていた神樹の化身ではなく 二人の子供達に分散したチャクラを取り戻そうとした… 母の意志だった』
 
…ん?このあたりは「マダラの話」とは違いますが、やっとこれで「分かった」気もします。 「子供たちに分散したチャクラを取り戻す」ということは、カグヤが子供達を『出産した時』に、チャクラは子供達にも分けられてしまった…という事でしょうか(カグヤの持ち分は減ったのかな)。
 出産して子供たちに「チャクラ」を取られてしまい、かぐやは「ワラワだけの力」を取り戻そうとし、憎しみで神樹に心を乗っ取られ十尾化してしまったんだろうか。
 
しかし「神樹=かぐや=月」であるならば、神樹の花が「母を見上げるような表情で」月を見上げているなぁ…と思ったあの絵も「やはり…」と納得できるんです。
 
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その他「月」にまつわる「絵」の数々…それらが「語るモノ」も、全て「分かる」ような気がしてきた…(これらも「その2」でまとめます)。
 
 
『これはハゴロモすら知らぬ真実だ そして母の復活の為にオレが動いていた事も』 
 
にわかに信じがたいんですが、ハゴロモとハムラは「十尾は母でもある」事を本当に知らずに戦ったんだろうか。 そしてその後しばらく、十尾(かぐや)は息子ハゴロモの中に封じられていたはずですよね。ハゴロモは「最初の人柱力」、人柱力システム開発者でもある… ハゴロモ「母」も自分の中に閉じ込めていたってことになる。(そしてハゴロモは「十尾=母カグヤ」を月の核とし、月とした…)。そして、このあたりの新事実から「見えてくる」のが尾事件の真実」なんですが…「これはまとめて後述」します。 
 
 
・《黒ゼツの録画と「紙芝居」、そして各人のシナリオと…》 
 
 
さて…おしゃべり黒ゼツ(仮称)の「語り」ですが、「自分が生まれる前の話」は『その物語を聞かせてやろう』と言って『~だったそうだ』と伝聞形の話(映像ナシ)をしてましたが、「自分が生まれた後」の話は『見せてやる』といって、録画を見せ始めたみたいですね。 
 
『お前達に見せてやる アメ玉はないが紙芝居の始まりだ』
 
そういって、ナルトとサスケに貼り付きながら「紙芝居」のように見せ始めた映像…それは「回想」みたいに黒背景ではないし、だけど暗い映像で…これ、戦場の皆に(イノの)「心伝身の術」で言葉を伝えている時に、ナルトの「溢れた想い、記憶」が皆に映像化して伝わった時の絵に似ています。 あの時「ゼツ録画を鑑賞する時のような現象じゃないか」という話をいたしましたが(647話感想その3)…
ゼツは録画のことを「紙芝居」と称してますね。「録画ダイジェスト」ではなく「紙芝居」… つまり《ゼツ創作の芝居》ってことですよね。 
 
 
『忍の物語は… 母が復活する為の物語だ』
 
 
…はぁ?ふざけんなと言いたくもなりますが、でも…「確かに」今までの忍の物語は大体、何者かによって「導かれた道」を辿っていたと思うんですよね。
忍達とは「飴玉をもらって、ただ踊らされているだけのコマ」にすぎなかった…とゼツは言いたいのかな。 自分達の意志ではなく 「黒ゼツ(仮称)が用意したシナリオ(物語)通りに」導かれて来ただけだって…。
 確かに《忍達は「神」の掌で踊らされてる感じ》と思ってはいたけれど、でも本当に…忍達は「ただ踊らされていただけ」なんだろうか…? 
 
 NARUTOの物語には、黒ゼツが運ぶ『マダラのシナリオ』と、それとは違う『オビト(トビ)が黒ゼツにも内緒でこっそりと動かしてきた第3のシナリオ』、さらに『見えざる神の手によるシナリオ(必ず当たるガマ丸の予言=神の見る夢)』が交錯し牽制しあい、作用し合ってるんじゃないだろうか…というのが当ブログの考えなんですが、もちろんその通りではなかったにしても、いくつもの「天のシナリオ」が絡み合って動いてきたんだろうとは思うんです。
 
でも、忍の物語は忍の物語。
 
その中で自来也⇒(長門)⇒ナルト』へと受け継がれた「忍達自身の歩む道」が、時に「定められた運命」に従い、時に逆らいながら「忍達自身の物語」を作ってきたんじゃないかと思います。
 
「神の導いた物語」VS「忍達自身の物語」…ってところでしょうか。
 
しかし黒ゼツ(仮称)の「導き方」はかなり強引で、あの「石碑」にまで改ざん・捏造を施していたらしい…正直「たまらん」です(笑)
次々と発覚した「新事実」…まだまだ続きますので、その2で「石碑捏造」、「マダラと例のアレ」、「あの日の発言」などから考えていこうと思います(その2は夜頃UPするつもりです)。 
 
 
 
 

参考過去記事:トビが隠す?「第3のシナリオ」の存在について
トビが目論む「効果」について (お前らとの会話・・・楽しかったよ)
 642話「突破口」感想その1(神が見る夢)