ナルト好きブログ!(NARUTO考察・雑考)

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NARUTO-ナルト- 686: 残せし者と継ぎし者 今週のジャンプ・ナルト感想 (WJ35号) その3

NARUTO 686:残せし者と継ぎし者 その3

  
・「ありがとう」…カカシの場合
 
《ありがとう …リン》
 
「心の中の声」とはいえ、カカシの「ありがとう」は珍しい(と思う)… だいたいカカシって、こういう場合「すまない」とか「助かったよ」と言うことが多かった気がする。 カカシは自分のことを「エリートのくせに口先ばかりのダメ男」と思っているから、どうしても出てくる言葉が「すまない」とか「助かったよ」になっちまうんですよね。 
カカシを見ていると思うんですが、「ありがとう」ってのはまず「自分が出来ない事を許し、補ってもらうことをよしとする」でなければ言えない言葉なんですね。
でも、そのカカシが、リンに《ありがとう》と言えたってことは…
 
《オレにもまだ出来る事はある… 盾になる事ぐらいなら!》とカカシは言ってますが、《ぐらい》って謙遜した言い方は“カカシらしい(カカシらしくていい)”…でも、これは「自信の無さからくる謙遜」ではなく「自信と誇りを持った謙遜」の言葉にも思える… 
今までのカカシだったら、たぶんこう言っていたと思うんですよね…《盾になる事しか出来ない》って。 《しか出来ない》と《ぐらいなら(出来る)》…どちらも謙遜した言い方なんだけど、でもかなり違う。
 
636話のカカシとオビトの「時空間の中での決闘」で…カカシは《今のオレには これしかできない》と言っていたんですが、私はず~っとあの《しかできない》にモヤモヤしてたんです。 というのも、カカシは本当は「今のオビトを殺すこと」なんかしたくなかったはずで、本当の想いを無理やり押さえ込んでの(ホントは不本意な)決断だったと思うから…。  だから…《ぐらいなら》と言えたのは、やっと自分の「本意」で自分に納得して行動できたという事なのかな…とは思っています。 
 
で…なぜカカシは「リン」を見たのだろうか。
 
ナルトとサスケを守るために飛びだして行ったカカシの目には、反対側から同じように駆けつけるオビトの姿が見えたと思うんです。 離れた場所にいても、同じことを考え、同じところを目指して走ってくるオビトを見たから…カカシは「リンを見た」んじゃないだろうか。 走って走って段々とオビトとの距離が近くなる…それは「リンが引き寄せてくれてる」のだとカカシには思えたんじゃないだろうか。 そして…それはオビトも同じだったんじゃないのかな。 今度は二人で行ったから鈴(リン)を取れたのかな…
 
 
 《オレもオビトもそろそろそっちへ行くよ そしたらまた…ゆっくり話をしよう》
 
…「死を覚悟」してるカカシらしく、穏やかなんですよね…そして「あっち」に行くのは、カカシにとってまるで「安息」のような… たしかに「あっち」のほうがカカシにとって大切な人が大勢いるわけだし、やっと「解放される」のかもしれない。だけど…でもそれじゃ「無限月読の夢の世界」と同じになっちゃわないかい?とも思うのだけど… 
 
 
・そして、またあの日のように…
 
《リン… 今度は…あの世で… 少しオレと… 2人きりの時間を過ごそう》
《カカシは邪魔だ… ここにおいていくよ》
 
(カカシに刺さろうとした「共殺しの灰骨」を、オビトは神威で飛ばしてカカシを助ける。 そしてオビトにはカグヤの骨が突き刺さる)
 
「!!?」 
(これは―――神威!)  (カカシ)
 
少し前カカシが、お腹に当たりそうになった「ミナトの仙術螺旋丸」を神威で飛ばした事がありましたが、アレはいったい何の伏線なんだろうと気になっていたんですが…こういう事でしたか。 今度は「もう神威の眼を持っていないカカシ」に代わって、オビトがカカシのお腹に当たりそうだった「カグヤの骨」を消した…
 
にしても…
 
 ナルトとサスケを守り、そしてカカシまで… 
やっぱり「オビト」は何も変わっちゃいない…オビトという人の「優しさ、愛情の深さ」は何も変わっちゃいない。 もう「面」もないし、心臓に取り付けられていた「呪印札」もないし、もう黒ゼツの監視もない。 やっとホントの自分を遠慮なく曝け出せたオビトは…最後の最後まで徹底して仲間を守り抜こうとしてる。 
ナルト、サクラ、サスケを助け…そしてカカシを助け、第七班全員を守ってみせた…それは「贖罪」とか「義務」からではなく、オビトにとっちゃ「自然な」事なんだろうと思います。 あの神無毘橋の時と同じように、オビトはごく自然に仲間を助けようとする…そしてそれが愛情深いうちは一族の「本当の自然な姿」なのだろうとも思います。
 
 「カカシは邪魔」とか「二人きりの時間を過ごそう」とか半分冗談めかして言ってますが(そしてせつない)、ようするにカカシを「守りたい」んですよね。 そこに「理由」なんかないのかもしれないけど、リンが大好きなカカシを「守る」のも、オビトらしいな…とも思います。 
同じ「敵役」あっても、マダラの場合は「当初のイメージとのギャップが描かれていく」ように感じていますが、オビトの場合は「当初のイメージ通り(カカシ外伝でのイメージ)であることが判明する過程」が描かれていく…
 
(そして、オビトの行動を見た第七班とカグヤの反応)… 
 
「!!」  (ナルト)
「!!」  (サスケ)
「!!」  (サクラ)
 
「……」  (カグヤ) (カグヤは「神威」を見ての反応でしょうかね…)
 
かなりの衝撃ですよね、ここまでして「仲間を守り抜こうとする」オビトの本当の姿…とにかく「徹底してる」その姿勢は、「もう面はねーんだな」なんてレベルじゃない。 オビトの事を「分かってるつもりだった」ナルトでさえ、まだまだオビトを分かっていなかったんじゃないだろうか。
 
 ナルトとサクラが衝撃を受けるのは当然として…私は「サスケの反応」が一番気になります。 今迄サスケにとって「誇れるうちは一族」は、イタチとシスイぐらいしかいなかったんじゃないかと思うんですよね。 あとは正直言ってロクでもない…戦争を起こしたりクーデターを企てたりで…サスケは「一族」の事を恥じ、生き残りとして責任を感じてたんじゃないかと思うんです。 サスケが己を認められないでいるのも「一族の責任」を一人で背負っちゃってるせいもあると思うんですよね。 
でも、オビトの本当の姿を目の当たりにしたことで…サスケの「一族に対する考え方」も変わって来るんじゃないだろうか…と思うんです。 やっぱりうちは一族は「悪に憑かれた一族」ではなく「愛に憑かれた一族」なんじゃないかと…
 
 …最初の鈴取り合戦の日、カカシがナルト達に語って聞かせた「慰霊碑に名を刻まれた英雄」の話や、ナルト達に贈った「仲間を大切にしない奴はそれ以上のクズだ」の言葉。 もしかしたら、ナルト達は今までそれを「忘れかけていた」かもしれませんが、オビトの姿を見て「思い出した」んじゃないだろうか? そしてあの時、カカシが語っていた親友(英雄)とはオビトである事… そしてあの時カカシが贈ってくれた言葉は「オビトの言葉かもしれない」って事にも、気づいたんじゃないだろうか。
 
あの時、オビトは「石碑に名を刻まれた英雄」として「言葉」として…目に見えない形でナルト達の前に現れたわけだけど… 数年ぶりの「鈴取り合戦」で…今度は「オビト」は実際に姿を現し、彼らの前でその意志を「行動で示してみせた」…それは新たな衝撃となってナルト達の心に突き刺さるように響いたんじゃないだろうか…?
 
あの日のカカシが教えてくれた「英雄の存在と言葉」は、ただ「かっこいい」ものでしかなかった。でもカカシは険しい表情で《ただの英雄じゃない…》と言っていましたっけ…。ナルト達はカカシの表情に一瞬静まり返ったけれど、でもピンと来てはいなかったと思うんですよね。 でも今…目の前で再現された「オビトの生き様死に様」に、ナルト達は何を思うのだろう…?? オビトは穏やかに微笑んではいるけども、現実のそれは《壮絶》としか言いようがない…。
 
 そして、あの時カカシが言っていた別の事…《任務は命がけ》、「サクラ、ナルトを殺せ、さもないとサスケが死ぬぞ」のような、誰かを守るために誰かが犠牲になる厳しい現実も改めて見せつけられたわけで…あの日のカカシの「想い」がやっとナルト達にも伝わっただろうか。
 
タイトルにもある《残せし者と継ぎし者》。
 
 NARUTO-ナルト- という物語の最初「ナルト達が忍になったその日」から、「オビト」という存在は、ずーっと「第七班をつなぐ存在」として(眼に見えない形で)ナルト達と共に居たのだと思います。 はじめのうちは「意志」という形で寄り添い続け、やがて目の前に現れてからは、表から裏からナルト達を見届け、最後に守ってみせて… 「オビト」は物語のはじめから「残せし者」として存在し、「ナルト達第七班」は「継ぎし者」として存在した…ナルト達第七班にとって、オビトの存在はあまりにも「大きな」存在。 
 
「オビト…お前、またオレを…!」  (カカシ)
  
「カカシ… お前はとうぶんこっちに居ろ…直ぐに来んじゃねーぞ」   (オビト)
 
戸惑うカカシに、微笑むオビト…
 
「来んじゃねーぞ」っていう喋り方も、この笑顔も…久しぶりですね。 最後の最後に、やっとカカシの前で「素顔」を見せましたね…オビト。でも、やっと見せてくれた笑顔が「最後」だなんて…カカシはこれでいいのか?
 カカシは「死に様を守る事も大切なもん」とは言っていたけれど、やっと一緒に並ぶことが出来たオビトとまた別れてしまうのは…あまりにも辛い事なんじゃないだろうか。 また同じ悲しみの「繰り返し」なんて…ちっともいいとは思えないんですよね。
 
でも、もし「あの時と同じ」なら…「継ぎし者」カカシは覚醒する事になると思うのだけど…今度は「写輪眼のカカシ」としてではなく、「白い牙サクモの息子、カカシ」としての覚醒になるのではないか…とは思います。でも、それはしょせん『綺麗ごと』…悲しすぎる現実に、カカシは今度こそ思いっきり「感情を出しちまえ!」と思います。 カカシはサイに「感情を抑える必要はない」って言ってたけど…今度はカカシ自身が「感情を爆発させる」時だと思います。 カカシ、叫んで泣いて、沸騰しちまえ・・・!! 
 
 
・そして「こっちに居ろ」という言葉…
 
 
オビトは、カカシに「こっちに居ろ」と言った…
 
《居る》には“生きる”という意味がある…というのが当ブログでの解釈なのですが、オビトはカカシに《お前は生きろ》と強く訴えているんですよね、《お前は生きろ》と… 
 
オビトは「死」を自分で選んだけれど、それは「死にたかった」からでもなく「リンに会いたかった」からでもなく…本当は「生きる」ことが大切だと思っているからこそ、だからカカシに「生」を与えたんじゃないかと思います。 あの時と同じで、本当は…《もっとみんなと一緒に居たかった》んだろうなぁ…と思うけど。 
ホントは「生きたい」と思っているオビトだからこそ、カカシに《こっちに居ろ》と言ったんじゃないだろうか。
 
 
でも、もしホントに「あの時と同じ」パターンなら…オビトは「助けられる」んですよね、「神」の手によって…
 
あの時(神無毘橋)、オビトは何者かの手によって「岩をすり抜けさせられ」助けられた。 再び「神の手によって」オビトが助けられることはあるんだろうか…? 
 
だけど、「神(運命)」がどうこうしてくれるのを待つよりも、今度はカカシやナルト達がこの「悲しみ」を何とかしてほしい。 この「悲しみ」だけは、無理やり「美化」して「繰り返し」にしないで欲しいなぁ…と私は思っています。「誰かを守るために誰かが傷つく」…そんな悲しすぎる忍世界の「運命」は、どこかで変えてほしい。
 
 そして「盾になること」よりも、本当はもっと大切なのは「ここに一緒に居る事」じゃないかとも思うんです。
この戦場にカカシが来てナルトの「盾」になってくれた時、ナルトが嬉しかったのは「カカシが身代わりになって守ってくれた」からではなく…「来てくれた」ことが嬉しかったんですよね。一緒に居てくれることが嬉しかった。
 
「盾」となって教え子たちを守る死に様は、たしかに「かっこいい」。 そしてカッコよくきめたところを「神威で助けられる」のは、ちょっとカッコ悪いかもしれない。 でもオビトは、カカシにちょっとカッコ悪い思いをさせてでも「生きろ」と…言いたかったんじゃないだろうか。 「とうぶん居ろ」とか、「直ぐに来んじゃねーぞ」という言葉は、カカシに「もっと自分の命も大切にしろ」というオビトの「遺言」でもあるんだと思います。 カッコつけてないでとにかく「居ろ(生きろ)」と…
 
 
 《残せし者と継ぎし者》なんて確かにカッコいいし、鈴取り合戦のあの日の意味を認識するのは「第七班再スタート」にふさわしいのかもしれない。 それに、オビトのさわやかな微笑みを否定するのもナンだけど、でも…忍達には「カッコいい死に様」なんかより、ブザマでもいいから「生きて」ほしい…生きる事の大切さをもう一度考えてほしい…と願わずにはいられません。 
 
 
 
 
 
☆「カグヤ」の中にまだマダラが居るのだとしたら…マダラは何を感じているんだろう…。
☆「外の世界」のほうですが、火影達以外はやっぱり皆幻術の中ですかね…。膨大なチャクラはどうするつもりなんだろう、金銀兄弟のチャクラも少しは足しにならないかな… それにタコ足一本と一緒に居るビーはどうしてるんだろう。
☆あの超重力の世界も、オオノキなら何とかしてくれそうですけどね…
☆カカシがマスクを外すのも時間の問題じゃないかと期待してます。 あと、そろそろ「グルグル」の正体が明かされてもいいと思うんだけど…
 ☆そしてやっぱり…生きてほしいです、オビトにも、どの忍にも…
 
 
☆長駄文、読んでくださって感謝。
 
 
 
 
 
(ナルト好きブログ! 2014/07/29)