ナルト好きブログ!(NARUTO考察・雑考)

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NARUTO-ナルト- 691:おめでとう 今週のジャンプ・ナルト感想 (WJ41号)  その 2

NARUTO 691:おめでとう (その2)

 
そういえば、今夜(8日)は中秋の名月だったんですね。私のところでは雲に隠れてよく見えないのですが(残念)、昨日の夜は大きな月が見えました。 なんだか封印されたカグヤを連想しちゃいましたが、またタイムリーに話を持ってきますね、岸本先生は。 ま、カグヤも封印されたままとは思えないし、思いたくはないんですがね…。
限月読の満月も、今回の中秋の名月のような「スーパームーン」だったのではないか…なんて思っています。そして九尾事件…17年前の「10月10日」も、こんな満月だったんだろうな…。
 
いよいよ全ての始まり「九尾事件」の話になるか❓なんて期待も少し膨らんでるのですが…(はて)。
 
 
さて、その1の続き、今度は「サスケ」の話なんですが…
 
・「サクラ」を見てのサスケの反応
 
691話のサスケのセリフは「そんなものを利用するからああなる」の1つだけで、あとは「……」か無言の画だけ。
でも、ところどころに無言のサスケの画が挟まれており、サスケの表情には微妙な変化が感じられ…その変化が興味深いのです。
 
690話でハゴロモに褒めてもらって、691話ではカカシに「こいつらのおかげ」と言ってもらった時のサスケの表情は「誇らしげ」… まっすぐ前、ハゴロモのほうを向いてます。 だけどその後、ハゴロモは(サスケの前で)再びカカシを誉め、さらにナルトを誉めて…サスケの心ン中は次第に「穏やかじゃなくなっていく」…
 
ハゴロモ「フフ…」と笑い、「尾獣達ですら己から協力したくなる そういう忍(ナルト)が現れたのだからな」と嬉しそうに言った時…
 
サクラもこんな顔でナルトを見つめるんですが…↓
 
 
(下手模写ですみません)実物の画はもっとサクラの目が輝いてるんです。ナルトの事を眩しいように見てる…
 
で、その「サクラを見るサスケ」が面白いんです。 横目で、だけどしっかりと「サクラの反応」を見てる…↓
 
 
 サクラは特にリアクションをしたわけでもないのに、サスケは《すぐに》サクラの反応を気にしてるんですよね。 しかも「顔は前を向けたまま」なのに、「目だけ」真横(サクラのほう)をチラッと見てる…「気にしていないフリ」をしながら、思いっきり気にしてる。《サクラはどんな顔してナルトを見つめているのか…》気になるんですねぇ、サスケは。
 
で、案の定…サクラは《キラキラした目でナルトを見てた》わけで、それを見てのサスケの「……」の反応。ナルトに嫉妬してますね…コレ。
 
ずっと前にも、サスケは同じような「反応」をしたことがあるんです。 
我愛羅(守鶴)からサクラを守ったのは、サスケじゃなくて実は「ナルトだった」と知った時の、サクラがナルトを見つめる顔…↓
 
 
 
そして、そのサクラを見つめるサスケ↓ 
 
要するに「変わってない」のです。相変わらずサスケはナルトに嫉妬する。ライバル心炸裂ですね。
 
ナルトもサスケも…お互いに「自分には無いもの」が羨ましいんですよね。 
ナルトの「尾獣にさえストレートに愛情を伝えられる」ところとか…極めて楽観的なところとか、そういった「サスケに無いもの」をサクラが見ている時…これはかなり悔しいんでしょうね。うん、なんとなくそういう気持ちはわかる。
 
サクラはある意味「判定基準」… サクラって子は「正直に反応」しますから、ナルトとサスケ、どっちがどれだけサクラに「キラキラ目」を向けさせるか…これは二人にとって重要なライバル勝負の「判定」なんだと思います。そして、そういうライバル意識が、サスケを成長させる。
 
上の画の「昔のサスケ」がナルトに嫉妬した時…あの直後にサスケは「千鳥の修業」に励んでいる…しかも「あの時のサクラの表情」を思い出しながら「打倒ナルト」の気持ちで頑張るんです。そして、それが「屋上での本気のバトル」さらに「終末の谷」に繋がっていったのですが… 
 
今回は今さら本気で「打倒ナルト」にはならないんじゃないかとは思ってるのですが、そのかわり「ナルトに負けてられない」気持ちはどんどん募らせてる事と思います…「永遠のライバル」として。ナルトとサスケ…どんなに仲が良くても「絶対負けたくない」ライバル同士である事も変わらないんですよね。 
 
ナルトに出来てサスケに出来ない事もあれば…その逆もある。互いに「自分には無いもの」に惹かれ、そして嫉妬する。 だからこそ引かれ合い刺激され、ムカつくこともあるけど一緒にいると楽しい。 嫉妬するって事は相手を「羨ましいと思う=認めてる」って事ですから、サスケは『ナルトを認めている自分』にも気づいてるのでしょうね…きっと。
 
 
(そしてサスケは、マダラに気づいて向かっていきますが、ハゴロモがそれを止める)…「マダラと柱間の最後」を見て、サスケの表情も変化する…
 
 
「柱間とマダラの最後」については別記いたしますが…
はじめは、マダラに対して毅然とした表情で向かっていくサスケですが、ハゴロモに「お前達の前任者の最後だ…見ておくといい」と言われ、素直に止まって「……」と黙りこんでますね。 この時はまだ、ハゴロモに止められたから仕方なく止まった感じもあって…とりあえず「見ておく」程度の表情に見えるんです。
 
だけど、柱間に向けたマダラの言葉を聞いて、サスケは表情を変える。
 
「相変わらず…甘い…な… フフ…お前は…いつも…楽観的…だった…」
「だが…それが正しい…のかもしれんな」
 
…マダラのこの「言葉」は「サスケの気持ちそのもの」だったのでしょうか。
 
《ナルトは甘い》というのがサスケの考えですが、その楽観的な発想が「尾獣と人間の和解」という「不可能を可能にした」わけで、それはサスケじゃできない事だった。そんなことが出来ちゃうナルトの事を、さっき「羨ましい」と思ったばかりですよね。羨ましいというか、悔しいというか…嫉妬した。
だけど、そういったナルトの楽観的な考え方も、時には「正しいのかもしれん」と…サスケもホントは思い始めてるんですよね。だから「嫉妬する=認める」。
 
サスケがちょっとドキッとしたような顔になったのは、マダラの言葉は意外にもサスケ自身の「心の声」と一致したものだったからじゃないかと思います。
 
さらに、息を引き取るマダラとそれを見守る柱間、それを「ハゴロモのすぐ横に立って」見つめるサスケの表情…  あまり感情を表に出してはいませんが、義務感から解き放たれたような、肩の荷が下りたような表情でもあるし、でも何か心に強く想うものがあるような表情でもある…
 
柱間とマダラも、結局最後まで意見が『一致』しなかったんだと思うんです。柱間は「急ぎ過ぎ」と言うし、マダラは「オレには無理」と言う… 最後になって、ようやく分かったのは「一致することは無い」という事だったんじゃないだろうか。そして「一致させる必要もない」という事… 
なんだかなぁ…でもマダラの表情は満たされていて、やった事に「後悔は一切ない」感じ(この点、オビトとは違う)。やるだけやって当たって砕けて…その結果失敗して、ようやく柱間の「楽観」も悪くはないと思う事が出来た。それを確認できただけでも良かったと思ってるんだろうか…マダラは勝敗そのものよりも、全力で互いにぶつかって、その結果「答え」が出ればいいと思ってたのかもしれない。 
 
でも、死んでやっと「うちはでも千手でもなくなって」あの世で分かり合う…マダラと柱間は、死の間際でやっと分かり合ったけど、やっぱりそれじゃ「遅すぎた」と思います。でも…サスケは生きてる。
サスケは…前任者たちの最後に、何を思ったのだろう。
 
 
・そして「ナルト」を見てのサスケの反応
 
今度は…『ミナトとナルト』の会話を見ているサスケなのですが…
 
ナルトが「クシナ母ちゃんへの伝言」として「友達はいっぱいできたんだ!皆いい奴なんだ!!」と喋るのをサスケは「……」と見つめてる。
 
ナルトの「クシナへの伝言」、母ちゃんが消えた後に心の中で呟いていた言葉とほとんど同じなんですが、前と大きく違っているのはココの部分。前は「ただ一人だけうまくいかねー奴がいんだけどよ」と付け加えてたんですが、今回はその付け加えは「無い」。
 
友達の事を「皆いい奴」というナルト…今回は、その中に当然「サスケ」も入ってるわけで、一時的に「敵」になったサスケの事さえも、ナルトは「いい奴」と(心から)言えてしまうんですよね。ナルトのこの言葉に「嘘」は感じられません。
 
サスケは「……」と今度は「しっかりした表情」でナルトを見てますが、これ…サスケは、ナルトのそういうところ(敵になった相手の事さえ、いい奴だと言えてしまうところ)の良さを「認めて、そして実感」してるんじゃないか…と私は思ったんです。
 
ハゴロモが言っていた《尾獣達すら己から協力したくなる…そういう忍が現れたのだからな》という言葉と… マダラが言っていた《お前はいつも楽観的だった…だがそれが正しいのかもしれんな》。
 
ナルトの楽観的な発想、そして敵やら尾獣のことも「友」と思えてしまう発想…それが世界を変えていく力になっている事を、《心の底から嬉しそうに“皆いい奴なんだ!!”なんて言えちまうナルト》を見つめながら、サスケは「認め」つつあるんじゃないだろうか。 そして「ナルトを認めている自分を受け入れる」…それはナルトとの「協力」をより確かなものとすると思うんです。
 
 
そして、「穢土転生解除」で、大切な人があの世に帰ってしまう「別れの時」…
 
サスケも穢土転イタチと別れたばかりですもんね… 「今のナルトの気持ち」を一番理解できるのは何と言ってもサスケなんですよね。「再会」は嬉しいけど、でも…会ってしまえば「別れ」はその分、辛くなる。
 
前に…終末の谷で、サスケはこう叫んでましたよね。
 
「初めから独りっきりだったてめーに!!オレの何が分かるんだってんだ!!!アア!!?」って… 
 
確かにあの時、ナルトはサスケの気持ちは分からなかった。でも、今ならサスケの気持ちもちょっとは分かるんじゃないだろうか。 大切な人に出会って、そして再び別れる…この夜、同じような体験をした2人は…再会の喜びも、再びの別れも…同じ想いで「分かり合える」と思うんです…今なら互いの気持ちも思いやることが出来るかもしれない。
 
自分とは相反する違う存在を「認め、受け入れ」…そして重なり合う部分を分かち合う。「人間同士」考えや性格が違っても、一緒に居れば補い合って、それが本当の力になっていく事をサスケは今回、色々と実感したんじゃないだろうか。
そうやって「眼と獣を繋ぐ者」としての意志を、サスケは確かなものにしたのではないか…と思います。
 
「眼と獣の繋がり」とは「うちは(インドラ)と千手(アシュラ)の繋がり」…つまり、人間同士の繋がり。
 
かつての兄弟の争いも、「インドラ」が協力しようとしたなら上手くいったのかもしれない。 人間同士の繋がりのカギを握っているのは「インドラ」側…その点をハゴロモは(反省もあって)よく分かっていると思うんです。 ハゴロモがマダラやオビト、そして「サスケ」の事をかなり気にかけているのを感じますが、サスケのすぐ横で一緒に「柱間とマダラ」を見つめるハゴロモの姿は まるでサスケの爺ちゃんのよう… 
 
今回(691話)、一番「蚊帳の外的な扱い」だったサスケこそ、実は「一番心の中の変化」が起きていたのではないか…と思います。 
ハゴロモはサスケに「カカシとオビト」という手本を見せて種を蒔き、「カカシを誉める」ことで肥料を与え…「ナルトを誉める」ことで刺激を与え、成長を促す。
それもまた、ハゴロモのインドラ側への「計らい」なんじゃないかとも思います…
 
 
 
(その3で「ナルトとミナト」、そして「十月十日」についてまとめます)…
「柱間とマダラ」「カカシとオビト」の部分については、別記事で感想を述べ、まとめるつもりです。今週は長くなってすみません…
 
…次回のジャンプは土曜日発売なので、なるべく早めに書き終わるようにします…。
日曜に頂いたコメントへのお返事、遅くなってごめんなさい。
 
 
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