ナルト好きブログ!(NARUTO考察・雑考)

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NARUTO-ナルト- 695:ナルトとサスケ ② 今週のジャンプ・ナルト感想(WJ46号) その2

NARUTO 695:ナルトとサスケ ② その2

  
(いったん拳を離してから…ナルトは4年前のサスケの言葉を思い出していく)
 
《初めっから独りっきりだったてめーに!! オレの何が分かるってんだ!!! 繋がりがあるからこそ苦しいんだ!! それを失うことがどんなもんかお前なんかに…!!》
 
あの時、たしかにナルトは「失う事の苦しみ」は分からなかった。
だけど自来也を失い、サスケの苦しみがちょっとだけ分かった… そして再び「オレは一人だ」「一人だけで背負うことが出来る」過去を断ち切ると言っているサスケを想い、ナルトは「お前をほっとけねーだろ!!」と叫ぶ。
 
ナルトは、サスケの《オレにとってお前は最も親しい友になった》という言葉を思い出している… サスケが…六道仙人に「最終的な答え」として言ったあの言葉を思い出しているんですよね。
 
サスケはナルトの「ほっとけねーだろ」を聞いて「……」になってるけど、その表情を見ると…熱くこみ上げてくるものを抑えるような表情なんですよね。きっと…胸のあたりが熱くなってる…。サスケはかつてナルトが言ってた「友達だ」「友達だからだ」を思い出しているんじゃないだろうか…? 「なぜオレにこだわる?」の質問に答えた「友達だからだ」…
 
ナルトは今も変わらずサスケに「こだわる」…ほっとけねーのは「友達だから」…
 
《ほっとけねー》とセットになった《友達だから》の言葉が、同時にサスケの脳裏をよぎったに違いない… だからこそ、即それを断ち切る意志を示す「決意の千鳥」を発動したんじゃないかと思うんです。
 
 4年前、サスケは『一流の忍なら互いの心が読める』と言っていたけれど、当時は全然互いの心は読めていなかった…まだまだだったんですよね。 あの時は、二人共 相手の事を分ろうとするんじゃなく、相手に「自分(オレ)を分ってくれ」と訴えるだけだった。 でも、ナルトとサスケは相手の中に「自分と同じモノ」は見ていたとは思うんですよね。 だけど、それを「鏡に映った自分」の様に捉えていたんじゃないだろうか。 自分の意志に従わない「もう一人の自分(オレ)」のように…
 
 あの時、結局彼らは何をしたかったんだろう? ナルトはサスケを止める事で『また孤独に戻ろうとしている自分を止めたかった』のか… サスケはナルトを斬る事で『仲間という居心地のいい場所で甘えようとする自分を斬りたかった』んだろうか。
 二人とも、相手を『意思に従わない自分』と思って、闘っていたんじゃないだろうか。 結局…2人が4年前に向き合っていたのは「自分(オレ)」だったんじゃないかと思うんです。
 ナルトもサスケも、相手の心を想う余裕なんて無かった…まだ自分自身の事さえ分からず、自分自身の事さえ受け入れられずにいたのだから。
 
しかし4年経ち、様々な経験を経てここに至ったナルトとサスケは…あの時とは違う。 「自分」の事よりも「相手」のことを想いながら闘っている。
 
『……どうした受け身なだけか? 後手に回ればいずれ死ぬぞ』
 
サスケはナルトを煽り、自分に向かってくるように仕向け…ナルトを感じようとする。
 
『…お前を殺してーんじゃねェ』
『また一人になろうとしてるお前を…』
 
『ほっとけねーだろ!!』
 
「ほっとけねー」…いいですねぇ…これ。この言葉、私も胸が熱くなりました…。
 
「お前を連れ戻す」とか「お前を助ける」とかよりも「ほっとけねー」…
「具体的」な言葉じゃないんだけど、これがナルトの想いを「全て」語ってると思います。「なんとかする、どうにかする」的な曖昧な言葉だし、具体的にどうしたらいいか分からない言葉。だけど…それでもナルトはサスケを「ほっとけねー」…
それは《想い》なんですよね。偉そうな「理」のある言葉じゃないけれど「想い」がいっぱい詰まってる。そして、そういう言葉のほうが、なぜか「伝わる」。… 
 
 
・一流の忍
 
 
《一流の忍なら互いの心が読めちまう》…あの言葉を、サスケはいったい誰から教わったんだろう…。
 
 52巻でナルトが「オレ達ゃ一流の忍になれたって事だ」と言った時、おぃ自分で一流って言うなよってツッコみたくなったんですが、でも多分ここで言う「一流」とは、いわゆる「有名」とか「Sレベルの強さ」という意味での「一流」とは違うんだろうな…とは思ってたんです。で…ここで言う『一流の忍』とは『本当の闘いを知っている者』という意味なんじゃないだろうか。相手と《心》で向き合うことが出来る者、という意味…
  
 相手の心を知るには、自分自身も《痛み、憎しみ、愛情》を知らなければ分からないと思うんです。そして「己」の事もちゃんと認め《痛み、憎しみ、愛情》を経験した上でようやく「相手の心」にある痛みや憎しみ、愛情を想うことが出来るようになるんじゃないだろうか。 
 「一流」になる為には、己を知り、様々な経験を積まねばならない…この4年間のナルトとサスケの「険しい道のり」は、それらを知る道のりだったと思います。 
 
 「拳」を合わせてチャクラと共に「記憶やら意識」が入り込んでくれば、相手の記憶を映像化して見る事が出来る…それは科学的な理由で「可能」なのかもしれませんが、でも大切なのはそういう事じゃなく「相手の心を受け入れる」事…相手を想う優しさ、深い愛情を持つ事だと思うんです。険しい道を歩いて《心》を大切にする忍に辿り着くことが『一流の忍』になるという事…相手の心を想うことが出来るようになったナルトとサスケは、やっと『一流の忍』になれたって事じゃないかと思います。
  
 ナルトは4年前のサスケの言葉「はじめっから独りっきりだったてめーに!オレの何が分かるってんだ!」「失うからこそ辛いんだ!」を思い出し、自来也の死を想い「失う事の辛さ」を想っている…相手の心の痛みを想ってる。
 サスケはナルトの痛みをどうやって知ったんだろう……ミナトとナルトの「仲睦まじい姿」を見て、そしてミナトが消えていく時のナルトの「クシナ母ちゃんへの伝言」を聞いたからでしょうか… あの時、サスケはナルトの《初めっから独りっきりだった孤独》を思い遣ることが出来たのかもしれませんね…。
 例によってサスケの「心の声」は殆ど書かれていないけど、でも…ミナトと別れるナルトの「切なさ」は、サスケはよーく分かったはず…きっと自分の事のように辛かったんじゃないかと思います。
 
 「一流の忍」…それは本当に大切なものを(心)知っている忍 …「刃」だけじゃなくちゃんと「心」を持っている忍。
 だけど強大な術や力を得ていくうちに「心」を忘れ…「心を無くして刃になりきるのが一流の忍」という認識が、忍世界では一般的になっていったんだろうか。カグヤはそれを象徴する存在ですよね。 
 
 ナルトは、一番最初の闘い「波の国の闘い」で、既にその事に疑問を持ち…再不斬に問いかけてましたよね、「お前みたいに強くなったら何にも思わなくなっちまうのかよォ」って…。 まだ忍としては「ひよっこ」だったけど「純粋な心」を持っていたナルト達は、忍世界の闇やら矛盾を鋭く見抜くことが出来たんだろうか。 
 あれから約5年…忍者になって5年、ナルトとサスケは「一流の忍とは心を無くし刃になる忍」ではなく「心を持ち相手を想うことが出来る忍」という…それまでの忍世界の“常識”を覆す発想に至ったんじゃないかと思います。
 ナルト達は第4巻での「決意」…心を無くすような忍にはなりたくないという「最初の誓い」を「実現した」ってことかな…
 
 
 
・そして「アレ」のこと…
 
 ナルトは、サスケに「孤独」のことを「アレ」って言ってますね、「アレを知ってる者同士だからこそ わざわざそこに行こうとしてるお前を―――」「ほっとけるわけねーだろ!!」って。 
 
 口にする事さえ憚れる「孤独」という言葉…それは経験した者にしか分からない「最高の恐怖」なんだと思います。孤独の恐ろしさを知っている2人だからこそ、あえて言わない「アレ」…  
 64巻でオビトが「その先に待っているのは…お前もよく知る最も恐ろしい…孤独だ」と言っていましたが、孤独を知っている者こそ繋がりの大切さを知っているし、孤独の恐ろしさを知っている。 昔、サクラがナルトの事を「いーわねーホラ!一人ってさ!」と軽い気持ちで言った時、サスケは「本気で」怒りましたよね、「…孤独」「…親に叱られて悲しいなんてレベルじゃねーぞって。
 
 あれは無神経な発言をしたサクラに怒ったというよりは…「孤独」に対する怒りといいましょうか、孤独の「恐ろしさ」を忠告するような気持だったんではないかとも思います 。
 
 《孤独》…それは忍世界の闇を生み出してしまう原因のようなものなんじゃないだろうか。 
 
 21巻サスケの里抜けの際、サクラが「サスケ君がいなくなったら私にとっては孤独と同じ」と言ってましたけど、愛情を失う事、繋がりを失う事、心を無くさなければならない任務、存在を認められない事…それによって生じる「孤独」が忍達を苦しめ、新たな闇を次々と生んできたんじゃないだろうか。
 
「アレ」こそ…本当の意味で忍世界の闇、災いの正体なのかもしれない…とも思います。 
 
 
・そして遂に合わせた、須佐能乎と尾獣化に於ける《千鳥と螺旋丸》…
 
 
前の終末の谷で「千鳥と螺旋丸」をぶつけた時のように…いや今度はもっと巨大な《ゴゴッ》という大きな衝撃が生まれる中で、再びナルトとサスケは「精神世界」に入り込む…
 
「大声でわめくな オレ達はもう昔 ここで戦った時とは違う お前の想いは…」
 
「分かっている」
 
「お前も…そうだろう ナルト」
 
 
52巻鉄の国で、ナルトが突然サスケに言った「お前のやってる事は…分かるってばよ」…あの「分かるってばよ」には正直驚いたものでした。 でも、あの時サスケは…《ナルトにオレの気持ちが分かるはずはない》と思ってた。
 そしてナルトは、こうも言っていた…「サスケェ…お前もオレの本当の心の内が読めたかよ… このオレのよ」。でもあの時、サスケは答えなかったんですよね。
 
そして今サスケは… 《お前の想いは…》《分かっている》と答えた。これはあの時の質問への答えでもあったんだと思います。さらに…《お前も…そうだろう》《ナルト》… サスケが「お前の想いは分かる」と言った事以上に、「ナルトもオレの想いを分ってくれている」と考えている事…それが大事なんじゃないだろうか。
 
  サスケは次々に攻撃を仕掛けたり、ナルトを煽るような言葉を投げかけていったけど、拳を合わせれば《互いに友達だって思ってる》記憶が見えちゃうし、
「どうした受け身なだけか」とナルトを煽っても「お前をほっとけるか(友達だから)」という言葉を返されたり… 結局いくら繋がりを「断とうとしても」出てくるのは《友達であること》を確認するような事ばっかりなんですよね。
 繋がりを信じるナルトは当然ながら…それを否定するサスケだって、否定すればするほど二人は《友達》という事を実感してる。
 
 最後の《千鳥》は、決意の千鳥…「友達」という言葉を思い浮かべながらの千鳥は、「ナルトを斬るため」というよりも《精神世界で伝えたいことを伝えておく》ためでしょうか。 
 ナルトもそれに応える様に《螺旋丸(尾獣玉)》で迎え撃つ…
「ほってけねーだろ」を強めた「ほってるわけねーだろ!!」の想いを籠めた「螺旋丸」…
 
 《螺旋丸と千鳥》をぶつける時は、2人にとって《腑を見せ合う》時ですもんね。
 
 昔は…色々と考えたもんなんです…チャクラを凝縮したような螺旋丸と、雷遁を纏った突き(体術)を合わせると何が生じるのか(どんな化学反応的な効果があるのか)とか; でも最近は、そんな事より「心」の問題が大切だと思うようになりました。 
 
 螺旋丸(尾獣玉)は「ナルトが歩いてきた道」…尾獣と人間の共存を考える道程の結実であり、千鳥は「サスケが歩いてきた道」…里とうちはの共存を考える道程の結実。 2人がコレをぶつけるって事は、それぞれが出した「答え」をぶつけるという事…
 今まで2回、彼らは螺旋丸と千鳥をぶつけ合ってきましたが、いずれも「まだ答えが出ていない状態」だった… だけど今度こそ、本当の意味で「答え(腑)を見せ合う」って事になるんじゃないだろうか。
 
 前の終末の谷の激しい戦いに較べると、今回は「これ」に至るまでが早かった…それはナルトが言うみたいに《お前を殺してーんじゃねェ》…お互いの目的が「これ」だったからなんだと思うんです。敵として戦ってる訳でもない、憎んで倒す為に戦っている訳でもない…「正直に想いを伝えあう」ためだったからだと思います。
 
以前、鉄の国でもナルトは…『拳で分かり合うのがお前とのやり方なのは間違いねーよな!』とナルトに言ってましたよね。ナルトもサスケも…この時を待っていたんだと思います、《分かり合う》時を…。
 
4年前486話の頃…「拳(こぶし)」というモノについてアレコレ雑考していたのですが、その時「こぶし(辛夷)の花言葉は友情」と聞きまして、それが強烈に印象に残っているんです。 
「拳」と「辛夷の花」では直接関係無いようにも思えるんですが、でも辛夷の名の由来は「実が拳の形に似ているから」なんですね。ならば「辛夷=拳」とも言える… 
 
それぞれの想い、成長の結実(結果)が「拳」となり、 その拳(実)の形は違っても…意味するものは《友情》である事に変わりはない。
 六道仙人の前で「己が為すべき事」として出した各々の答え(実の形)は違ってても、それの意味するもの(答え)は同じ「友情」だった…という事なんだろうと思います。 
  
2人が腑を見せ合って…どういう結末になるのか、私には正直想像できません。ここまできたら「予想しないでおきたい」…と言った方がいいかな。
2人がどうなろうと…2人の想いは、この言葉から十分伝わってくるから…
 
 
 
 
《お前の想いは…》 《分かっている》
 
《お前も…そうだろう》
 
《ナルト》
 
 
 
 
 
(☆696話感想に続けます)…
 
 
 
 
 
 
 
 
☆…ここまで読んでくださって感謝。
 
 
 
 
 
 
(お知らせ&お願い)
 
☆後残すところ4回…「カウントダウン」が始まったという事で、既にもう「最終回」に入っているようなもの!と考えています。 なので、ここから先699話までは感想も「ひとつながり」としたいと思っています。 「コメント」も699話最終回「完結」後にまとめて頂戴したいと考えています…
 
☆そのかわりといいますか「自由に語り場(最終回に向けて)」を本日オープンいたします(11月9日まで)。
 
今週の感想に対するご意見のみならず、今までのNARUTO-ナルト- への想い、各キャラクターへの想い、ナルトに関する事(ネタバレ以外)なら自由にこちらに書き込んでいただければと思います(よろしくお願いします)。
 
☆大変勝手ではありますが、このブログも「完成」にむけて時間を割かせて頂きたく(過去記事の分類仕分け、雑考記事UPなどに)…
 本日から11月10日最終回発売までコメントへのお返事は出来ないかもしれません(ご質問に関しては、なるべくお答えしようと思います)。 
なおゲストブックも開けてはおりますが、今後はお返事が出来無いと思います…大変勝手で申し訳ありません(10/12この記事UPまでに頂いたコメントにはお返事してまいります)。
 
☆11月10日最終回当日…最後の記事アップ直後に、新たな「最後の自由に語り場」を開けますので、その時に695話~699話までのご意見、最終回を迎えてのコメントを頂戴できればありがたいです。その時は、全てのコメントにお返事させて頂きたいと思います。どうぞよろしくお願い申し上げます。
(そして…いつもありがとうございます)。
 
 
 
 
 
(ナルト好きブログ! 2014/10/12)