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NARUTO-ナルト- 第593話「復活の大蛇丸」 今週のジャンプ・ナルト感想  (WJ33号) その2

NARUTO 593:復活の大蛇丸 その2

(その1の続きです)
 
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そして…ついに《復活の大蛇丸》・・・・
 
あれ・・!?大蛇丸の登場のしかたにしては、気持ち悪くない・・
 
いつものゲロゲロ~的な(すみません)、腰抜かしちゃうような登場の仕方ではなく美しい登場ですよね…まるで「ヴィーナスの誕生」のような(大袈裟)。でも相変わらずお美しい。  (男でも女でもない、人間でもなくヘビでもない・・・大蛇丸大蛇丸にしか分類できないような気がしますけど)。

そして、これでアンコも呪印から解放されるってことですよね。彼女もついに「脱オロ」完了・・長年の苦しみから解き放たれるといいのですが。
 
しかし復活した大蛇丸、「…まさか…君たちの方から私を復活させてくれるとはね」なんて言ってますが、本当に《まさか》だったのかなぁ~・・こういう展開もあり得るとサブルートとして考えていた可能性もあるんじゃないだろうか。
 

そして・・・大蛇丸がまず最初に目を向けたのは、《ナレノハテ》姿のカブト。 
 
大蛇丸は何を感じてるんでしょうね・・・「・・・・・」と見つめていますが、少しは師として責任を感じてるか? 少しは人として心を痛めてるか?・・・これがアナタを信じて憧れた少年の行きついた姿なんですぞ… そして「自分がしてきた事」の姿でもあります。 これを、今どう感じているのだろうか・・・?
 
《アンコの中でずっと見てたから》説明されずとも全部わかる、と言ってますが、ミナトもナルトの中に己の意識を潜ませて「ずっと見ていた」と言っていましたっけ。 
カブトとイタチのやり取り、そしてイタチとサスケのやりとりに心動かされるものがあったのではないだろうか。もしかしたら、イタチとサスケの再会は カブトだけじゃなく大蛇丸にとっても人生の「転機」になったかもしれません。
 
「私… この戦争には興味ないから」と、あっさり宣言した大蛇丸
 
《もう他人が始めてしまったものだから》と言ってみたり 《未だに興味があるとすれば サスケくん・・アナタのその若い体ぐらいよ》なんて言ってますが、どうだかなぁ…この言葉も本心じゃなさそうな気がするんですよね。。
水月は、言葉通りに捉えて(そらみたことか!)なんて考えてますが、サスケはジッと大蛇丸を見つめて「・・・・・」になっている。
 
なんだかなぁ・・大蛇丸とサスケの間で「言葉面だけでは無い、眼を通して心で通わせる会話」が為されているような感じがするんです。 「2人の世界」が出来ちゃってるような…大蛇丸とサスケ間で「こんな空気」を感じたのは初めてです。 本質を見極める者同士で「本心」を交わし合っているかのような会話・・・2人の間でどこか気持ちがつながったような・・(水月には分かっていない)。
 
「・・・と言っても今の私には それを奪えるほどの力は無いしね」なんて大蛇丸は茶目っ気で言ってますが、その原因が「屍鬼封尽された腕」であるなら・・・サスケに転生の儀式を行おうとした時も《サスケの体を奪えるだけの力は無かった》のかもしれません。
 
サスケが巻物をスッと出しただけで、 「・・・・」と見つめて「奴らに会ってどうするつもり?」と尋ねる大蛇丸。 《奴ですと!?
 
「オレは・・ あまりに何も知らない 奴に全てを聞く」
 
奴らって・・サスケが言ってた《全てを知る人間》ってのは、一人じゃなく「複数形」だったんですね。 
 
う~ん、「奴ら」って誰でしょう?
 
先週までは「全てを知る人間」とは、イタチが会っていたロン毛仮面の事かと思ってたんですが、複数となれば事情も変わってきますよね。 
しかも「そもそもの始まりは何だったのか」とサスケが言ってるので、奴らとは「そもそもの始まり」を知ってる奴らってことになりそうです。 ・・・誰?
 
そして奴らは「一族とは、里とは何か」を知っている奴らであって、《普通の手段では、現在では会えない人達》と言ったら「今、この世界にいない過去の人達」のような気がします。 というと・・イズナ、柱間、あるいは六道仙人の長男と次男、さらには六道仙人本人なんてことはあるのか・・もしかしたら「それら全部の人達」・・なんてこともあるのかなぁ。
 
「全て・・・?そんなこと知らなくてもいいじゃない… 君はまだ子供なんだから」
 
「そうじゃない」 (イタチから貰った言葉を思い出すサスケ・・)
 
《誰よりもお前を子供扱いし お前の力を信用していなかった…》
《だが今はこう思う… お前が父を母を…うちはを変えることができたかもしれないと…》
《ちゃんと向き合い同じ目線に立って真実を語り合っていれば・・》
《お前がこれからどうなろうと》 
 
「今はもう子供じゃない ・・・子供ではいられない」
 
…サスケからついにこんな言葉が出ましたか!
 
45巻では、憎しみに身を任せ「オレを感情的に動くガキだとバカにするなら それでいい」なんて言ってたサスケ。 で、実際に、その後のサスケは「幼い」言動が目立ってたんです。 自信が無く、自分で行き先を決められず彷徨い続けて・・。
 
ナルトのほうは、自来也の訃報のあとシカマルが「オレたちだっていつまでもガキのままじゃいられねェ」と言ってくれた事がキッカケになって、ずい分と意識が変わったんですよね。 それからというもの、サスケとナルトじゃ「精神年齢」がかなり開いてしまってたのを感じてました。 ですが・・・イタチとの再会が、サスケのおしりにまだ残ってた卵の殻を取ってくれたみたいです。
 
16歳って年齢は、大人と子供の境界でもありますよね;時と場合によって、子供扱いされたり大人扱いされたり。周囲の都合で「仕分け」されちゃうこともあるけれど、意外と自分の都合で「子供になってみたり」 「大人のフリしてみたり」って事も多いんじゃないのかな? 今迄のサスケは「子供のフリして」問題を直視するのを避けてたような気がします。 大人になるってことは、自分で責任もって自分で判断する…結果を他者のせいにしない覚悟も必要なんだろうなと思います。

 
「汚名を着せられ死してなお忍として里を想い… 里を守ろうとしたイタチのその気持ちとは…」

「イタチとは…? 一族とは…? 里とは…? そして…」
 
「全てを知り自分で考え答えを出し 己の意志と眼で為すべきことを見据えたい」
 
…よく言ったぞ、サスケ!!
 
正直、まだあどけなさも残るけど、眼はしっかりと落ち着きをみせている。よくここまで成長したな…サスケ。この言葉、イタチに聞かせてやりたいなぁ・・;
 
《お前はこれからどうなろうと》・・信じてくれた兄さんのためにも、自分で答えを出すしかない。ナルトがミナト父ちゃんに「答えは自分で探すしかないよ」と言われたように、サスケも答えは自分で出すしかない。 兄さんが自分を認めて信じてくれたという喜びと安心が、サスケを大人にしたのかなぁと思います。
 
でも、自分で答えを探して己の意志で決める・・・これって、今までサスケに出来なかった事ですよね。でもイタチが《汚名を着せられ死してなお忍として里を想い… 里を守ろうとした》のは、ブレない『己自身の判断』を持っていたからですよね。 サスケがこんな事を言えた…というのは、イタチの意志の《本質》を受け継いだ証拠と言えそうです。たとえイタチとは違う道を選んだとしても、《本当に大切なイタチの意志》をちゃんと継いでいる…! すっかり頼もしく成長したサスケに、胸がキキュンといたします!(少しこれで安心した・・・
 
 
 
 
(すみません、ラストその3に続きます・・長文申し訳ないです)