大いなる希望 (我愛羅の演説)
599話の重苦しい話、そしてこれからしばらくはあのゴゴゴゴ・・・の暗く重い世界に引きずり込まれことは必至なので、ちょいと話題を変えてみます。 前回の雑考は「絶望の始まり」だったので、今回はその真逆である希望の話を。
そもそもこの戦争編、55巻トビの「行くぞ…開戦だ!!」と 対する我愛羅の演説で幕を開けたわけですよね。トビ(オビト)やマダラが絶望の象徴にならば、対する忍連合は“希望”。
だけど、「忍連合」という名の下に同じ忍額あてをつけて集まってみたものの、結局は烏合の衆。
つい昨日まで忍世界の闇の中で 戦いと憎しみに明け暮れていた忍達が そんなに急に変われるわけもない。
そんな五大国の忍達が一堂に会し、案の定あちこちで小競り合いが起きる中で始まった・・・「我愛羅の演説」。
あの演説は、一瞬にして忍達の顔つきを変え・・・そして、忍達を新たな大いなる希望に導くものとなったわけですが・・・あの我愛羅の名演説の核心部、実はバラク・オバマ氏の演説が元ネタだったこと、皆さんご存知でしたか・・?
当然、516話「我愛羅の演説」感想を書いた時は知らなくて、自分の無知っぷりをまた晒してしまいました(苦笑
その我愛羅の演説の核心部とは・・・
『今、ここに敵はいない!! なぜなら皆暁に傷付けられた痛みを持っている』
『砂も岩も木ノ葉も霧も雲もない!!』
『あるのは ただ忍だ!!』
・・・文句なしの、名文句。
『あるのは、ただアメリカ合衆国だけだ!』
《 Well, I say to them tonight, there is not a liberal America and a conservative America -- there is the
United States of America. There is not a Black America and a White America and Latino America and
Asian America -- there’s the United States of America. 》
「希望」・・・なんだかぴったりですよね、我愛羅の演説のタイトルも「大きなる希望」って呼びたい感じですよね。
キッシー、さすが上手いところから持ってくるなぁとまたまた脱帽です(今さらながら)。
で、気になったので英語版のNARUTO(55巻)ではどんな感じに英訳されているか見たんですが・・・
《 There are no enemies here in front of me !! For we ALL bear the pain of having been hurt by the
・・・ちょいと違うね(笑 ここんとこ、せっかくならオバマ風に訳してほしかったかな・・。
我愛羅が伝えたことは、この戦争編の最重要テーマであり作者による読者へのメッセージ。
(特にNARUTOターゲット層の中2の皆さん、そして永遠の中2の皆さんへの・・・ちなみに先生にとっての憧れの世代が「中2」、一番輝いている青春ってことかな)。
《 (オレは)この世界と人間を憎み 滅ぼそうと考えた… 今暁がなそうとしている事と同じだ
だが…木ノ葉の一人の忍がそれを止めてくれた》
《その者は敵であるオレのために泣いてくれた! 傷付けたオレを友と言ってくれた!!》
もちろん、これはナルトの事を言ってるわけですが・・・ナルトは我愛羅とガチでぶつかって、最後は頭突きして…でもお互いに同じような痛みを抱えていることを理解し、我愛羅のために泣いてくれた。あの時、ナルトがそうやって我愛羅を止めなかったら、我愛羅はあのまま世界に憎しみを持ち、ずっと…人をあやめ続けていたかもしれない。風影になんて絶対になってないですよね。
だから我愛羅は つい昨日まで敵同士で戦っていた他国の忍達とも1つになれるはずだ、友になれるはずだと語ってる訳なんですが・・ でも、これって忍連合の中だけの話じゃないと思っています。
この世界に絶望し、現実を終わらせようとしているトビやマダラを止める事も この戦争の目的じゃないかと。
・・・そして、出来るはずだと。敵のために泣き、傷つけた敵を友という事も、可能なはずだと。
・・・とてもじゃないが、敵を許し敵のために泣くなんて許されないと思うかもしれないけれど、ナルトは今まで憎しみを越えてそれをやってきたわけです。 無差別殺戮をしていた我愛羅にも、師匠をあやめた長門にも・・・。
それがナルトの出してきた答え。
・・・だから今の我愛羅がここに居る。
もちろん、誰もがナルトみたいな寛大な答えを出せるかどうか・・・これはとても難しい。
でも、本当の平和を作るためには「ナルトだけ」じゃダメだと思うんです。 私は次にこの答えを出すのは、ナルト以外の忍達・・・ 特にナルトの「上司」であるカカシも、そうであってくれなくちゃと思ってます。カカシは今まで心ってものではあまり動かない人でしたが、今度こそ そういう時が来ているのかと。
カカシ外伝で、写輪眼を移植したばかりのカカシ・・・
左のオビトの眼は泣いていますが、右のカカシの眼は泣いていないんですよね。 カカシは、泣かなかった。
だけど、今度こそ「友のために泣く」時が来てるんじゃないだろうか・・?自分自身の右の眼で。
『傷つけた相手を、友と呼べるか』・・・これもカカシの課題だと思います。敵をぶっ倒すよりも、これははるかに難題ですが・・ナルトが自分の部下でよかったと言っていたカカシ、ここでこそ自ら答えを出すべき時なんじゃないだろうか。
そして、カカシだけじゃない・・忍連合の忍達全員に言える事だと思っています。憎しみを越え、敵と理解し合う。戦争という同じ痛み、忍世界の闇という同じ痛みを持った者同士として。
・・・たぶん、読者の皆さんにも、なかなかこれ、受け入れらえないだろうなぁ・・とは思ってるんです。でも、私は、「敵のことも赦し、敵のために泣き(敵の思いを理解し)、同じ痛みを理解し合う、そして友と呼ぶ」・・・ナルトが我愛羅に出したような答えこそが、暗闇だった忍世界に『新たな、大きな希望』をもたらしてくれるんじゃないか、と思っています。・・・・そして、それがNARUTOという物語だろうと確信しています。 我愛羅の演説を通じ、読者に伝えられた岸本先生のメッセージでもあるだろうと考えています。
これから先、たぶん・・・NARUTOの中でも極めつけな暗闇に話が突入していくのは覚悟なんですけどw、そんな極めつけの闇や絶望を受け入れるには、相当な試練になるハズです。でも、絶望の中にも希望は一緒に存在する。 光ナルトが闇ナルトを抱きしめて受け入れてやったようにすること、それが答えのような気はしています。
大変だろうとは思うけれど; でも、ナルトが、カカシが・・・この戦場の敵に、そしてサスケに対してどういう答を出していくのか。
・・じっと、今は見守りたいと思ってます。
☆長駄文、読んでくださって感謝。