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NARUTO-ナルト- 600:なぜ今まで 今週のジャンプ・ナルト感想 (WJ41号)  その1

NARUTO 600:なぜ今まで  その1

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タイトルの《なぜ今まで》。
・・・・それに対する答えは・・・やっぱり「リン」だったんですね。
 
しかし、仮面を割られたというのに オビトは臆することなく堂々と立ち、何事も無かったかのように会話を続けてますね。 しかも半信半疑のカカシ達にスゥ・・と万華鏡写輪眼にチェンジして「オビト本人」であることを自ら証明する大サービスまでしてみせた・・。

「間違いない・・  うちはオビトだ」
 
読者は既に598話で「トビの万華鏡写輪眼の模様」がカカシ(オビト)の万華鏡と一致したのを見てますが、カカシはここで初めて見てトドメ喰らった気分かもしれません。
オビトにとって「うちはオビト」の名前はもはや意味の無いモノのようですが 自分固有の「万華鏡写輪眼の紋章」だけは、今でもオビトにとっての個を示す「誇り」なのでしょうか。
 
・オビトの心に入っている「皹」
 
しかし長い間「誰でもない男」だったオビトが、なぜか十尾を復活させ始めた頃から「オビトアピール」をし始めてましたよね。 次々ヒントを出して、カカシに《気付けよ、オレだ》と挑発するかの如く。だから面が割れても臆する様子も無い。

オビトが「誰でもない男」でいたのには「必要性」があったと考えておりますが(これは改めて説明いたします)、最後の最後で「誰でもない男」を貫けなかった心理には、オビトには現実世界や現実世界とのつながりを完全に否定しきれない未練、いわば「希望への未練」が僅かにあるんじゃないだろうか・・。
口ではあんな事を言ってますが、本当は『自分の存在に気づいてい欲しい』という願望が、どっかにあったんじゃないだろうか・・。
 
だけど、名前だけは・・・やはり自ら語らない。
 
 
「その名で呼びたいのであれば好きに呼べばいい」
「オレには何の意味もない」
 
自分の名前を語る気にもならない・・・それって、九喇嘛と似てますよね。
 
九喇嘛がオビトにそっくりというよりは、オビトが尾獣達と似ていると言った方がいいのかもしれません。
オビトは、十尾(ジュウビ=トオビ)と同じような純粋な心を持ち、人間達の心を鏡のように映す存在で、十尾の生まれ変わり「のような」存在かなぁ・・とも真剣に考えています。 
573話でナルトの本質を見抜き オビトが感じていた《違和感と焦り》・・・あれはオビトの中に眠る「十尾の記憶」のようなものが ナルトの中にある「六道のジジイ」を感じさせ、理由不明の焦りになったんじゃないだろうか・・・なんて思ったりもするんです。 太古の昔から存在していそうなゼツにとって、“赤ちゃん神”みたいな「でいだらぼっち」・・・十尾の心を持つオビトは、やはり「いい子」なのかもしれない・・なんてね・・。

・「お前は・・・ あの時・・・」
 
ここでやっと、カカシの「オビトの事を思いだす回想」が入るのですが・・ 
 
今の戦場で鳴り響く《ゴゴゴゴ・・・・》という音が、いつのまにか神無毘橋の《ドドドドド・・・》音に変わっていき、カカシは17年前の「神無毘橋」の記憶に入って行く・・・(ジャンプ261頁最後のコマ、背景の効果音が「ゴゴゴドド・・」になっている)。
やはり今のあのゴゴゴ・・・の「岩の光景」は、神無毘橋へと二人を引き戻していくのでしょう。
 
今回の回想、外伝の絵とは《描き換えられているところ》がいくつかありますよね。
で、描きなおされ強調されてるのは、どれも「オビトの自己犠牲的な愛情」、そして・・・最後まで「仲間を守る意志の強さ」なんです(ちなみにあの時のオビト、いきなり一撃で敵を倒していますが、開眼すれば急成長する子だったことを、いきなり証明してみせた・・・彼は元々才能ある眠れる獅子だったと考えてます)。
 
《たとえばカカシが倒れた時、オビトは勢いよく《ザザッ!》とブレーキをかけて即座に踵を返し《ザッ!》と急いでカカシを助けに行く》。 外伝の絵よりも効果音を伴って「スピードと勢い」があり、オビトの「カカシを助けようとする意志の強さ」をず~っと強く感じるんです。
 
ゴゴゴ・・・と落ちてくる岩からカカシを救おうとして、「ザッ」とカカシのほうに向かうオビトの絵(下段右)、後方地面から見上げる角度で描かれているこの絵が持つ「臨場感と緊迫感」にはゾクゾクしました。例えば、587話のイタチの「水遁・水龍弾の術」や、568話のカカシの雷伝描写にも同じような「計算された角度」を感じます。自分もその場に居るような錯覚・・・・さすがだってばよ、岸本先生(※ド素人観点の意見ですw)。
 
そして、オビトは落下してくる巨岩を確認し「己の命か、カカシの命か」究極の二択をその場で迫られたんです。 だけど、オビトは“全く躊躇することなく”カカシを助ける事を選択し、「ガッ!」とカカシを力強く持ち上げ投げ飛ばす・・・・今回の絵ではその「決意の手」が加えられているんです。カカシを助け上げる手の《ガッ!》には、迷いが全くない・・・。
 
599話の過去話でも描かれていた《困ったおばあさんを放っておけないオビト》。 
 
オビトという忍は、自分の事は後回しにしても絶対に他人を助けてしまう「優しさ」を持っているんです。 
だからカカシが怪我すればカカシの痛みを思って泣いてしまうし、究極の命の選択を迫られた時ですら「自分より友」を選んでしまう・・・・。
「人の心の痛み」が誰よりもよく分かってしまう・・・・これは天から授けられた「選ばれた」能力でもあるけれど、今の忍世界は彼みたいな「優しすぎる人」が生きるには『辛すぎる』んですよね。ちょっと「理解されない」ぐらいオビトの献身的な愛情は純粋で強い。
 
でも、2話にわたって描かれた「オビトの、献身的な愛情」・・・これは「オビトの真実」を理解するうえで最重要な事であり、たとえどんな「幻や思い込み」の中でも、絶対に見失ってはならない「オビトの真実」だと考えています。

・守れなかった「約束」
 
そして、強調されるように描かれた、 《・・・リンを・・・ 頼むぜ・・・》 《ああ・・・》。
 
これこそ、46巻でカカシが一度死にかけた時《リンを守れなかったオレだ・・ お前との約束を破ってばっかりだが 許してくれ・・・》と言っていた、あの守れなかった『約束』。
 
で、あの時カカシは心の中で「許してくれ」ってオビトに向かって言ってるんですよね。でもその時、カカシが思い浮かべているオビトの顔は、全て《笑顔》なんです・・・カカシは『オビトならばオレを許してくれるだろう』と考えていたのかもしれない。
そして、あの世へ歩いていったあの時のカカシは、これでようやくお役御免とでもいうように、現実世界への未練は無かった・・・。 生きている間は、己を責め続けなければならない地獄が続く・・ カカシにとって現実世界は苦しみでしかなかったんですね。
 
そして、そんなカカシの心の「奥底」まで知っているのは、おそらく・・・《カカシの中からカカシを見ていたオビトだけ》じゃないか、と思っています。
 

・なぜ今まで・・・
 
回想のドドド・・・という岩が崩れる音に、今度は現実の「ゴゴゴ・・・」音がオーバーラップして「戻っていく」んです。 ホントは、外伝ではこの部分は「ドドド・・」なんですよね。 だけど、それが今現在の「ゴゴゴ」の音に替わってるんですね。上手いですねぇ~・・・こういう描写。そうやって過去と現実がやっと重なるんです。
 
「生きて・・・ いたのか・・・」 「・・・・・・」
「生きていたなら・・・ なぜ今まで・・・」

だからこそ、やっとここで「目の前の男がオビト」だと認めたカカシは、こんなセリフを言うんですね。
 
カカシの言葉は《なぜ今まで》で途切れてますが、この後には《なぜ、お前は木ノ葉へ帰ってこなかった?》という主旨の言葉が続きそうですよね。 で、カカシは前にも同じような質問をオビト(トビ)にぶつけてる事があるんです(カカシがこれを意識したかどうか分かりませんが)。
 
それとは・・第462話、鉄の国宿屋でのやりとり。
 
「それ(イタチの真実)を知っているなら なぜサスケは暁に手を貸す!? あいつならイタチの意志を継ぎ木ノ葉へ帰って来るハズだ」。
 
イタチの真実を聞いたなら、サスケはなぜ今まで木ノ葉へ帰ってこなかった?・・とカカシは言ってるんですよね、この時も。
 
《49巻、鉄の国宿屋でのカカシ、ナルト、トビ(オビト)の会話》はヒジョーに興味深いものでして、過去にも何度も雑考で取り上げて参りました。 この部分、暁の他のメンバーもいないし、木ノ葉側も「カカシとナルト」(ヤマトもいたけど;)しかいなかった事もあり、珍しくトビ(っていうかオビト)が本音を出している部分なんです。
49巻をお持ちの方は、是非・・彼らの会話をじっくり読み直していただくと、その「微妙な空気感」を感じ取られると思います、たぶん。
 
で、あの鉄の国での、カカシの「ちょいズレ」発言にトビは何と返したか・・・?
「フッ・・・ サスケの師として友としてお前らはサスケの本心を分かっているつもりでいたんだろうが・・・ とんだお門違いだ」。 つまり、サスケはカカシが思っている以上に「愛情が深い器」であり、その分悲しみや憎しみも抱えてしまう。 愛情が深ければこそ、自分だけノコノコ何事も無かったように里に帰って「英雄」なんて呼ばれて平和に暮らすなんて出来るわけがない。
 
・・・・オビトが里に帰らなかった理由も、サスケが里に帰らなかった理由と似ていると思うんです。 
 
神無毘橋の戦い後、戦死したと思われていたオビトは里では「英雄」扱いされたらしいですが、そのあとすぐに「リンの死」があったとしたら・・・ オビトは自分だけノコノコ何事も無かったように里に帰って「英雄」なんて呼ばれて平和に暮らすなんて・・・出来なかったんじゃないだろうか。 
 
そしてトビはあの時“友として”オビトの心を分かっていないカカシの事も遠回しに指摘していたんじゃないか・・と思えてきます。 トビは、ミナトとカカシのことを指して《オレの師として友として、お前らはオレの本心を分かってなかった》と言いたかったんだろうか、と・・・ね。 サスケに自分を完全に重ねてましたよね・・オビトは。 
 
そして、今も・・カカシはまだ、サスケやオビトの「愛情が深い心」を理解しきれていないかもしれない。
 
「“オレ”が生きていたかどうかなんてのは どうでもいいことだ」
 
オビトが『オレ』を強調しているのは、オレ(オビト)の生死なんかより、肝心なのは「リンの命」だったんだ・・と言っているんですよね。
 
「しかし… そうだな… なぜかとあえて問うなら」
 
「・・・・・・・・・・・・・」 (カカシ)
 
「・・・・・・・」 (カカシ、少し汗が増えて)
 
「・・・・・・・」 (オビトの「背中」)
 
(相変わらず、無言で語らせるなぁ・・・キッシーは。)
特に3発目の「オビトの背中越し」の「・・・・・」なんて、ンもう心にズキズキっと来るほど寂しい。 
これ、『五影会談』で 《希望とは諦めに等しいものだ・・》 《希望などないことを》と語った時の寂しい背中とそっくりなんですよね。 オビトにとっての「リン」とは、希望や夢の象徴だった・・とも思ってるんですが、それだけにオビトがリンの事や希望について語る時は・・・・とにかく「寂しい」背中を見せる。
 
オビトが「あえて問うなら・・」で中断したために、カカシの心の中で緊迫感が一気に高まっていくんですよね。
でも、カカシが想像しているのは『なぜ、オビトは暁の黒幕なんかになったのか』という答えだったんだろうと思うんです。
 
だけどオビトが口にしたのは・・・
 
 
 
「お前がリンを・・・」
「見殺しにしたから ・・・・・・だろうな」

 
 
※すみません、その2へ続けます(少しあとで、upいたします・・)
 
※今回は、2記事+別記事という形で雑考書かせて頂きたいと思ってます。