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NARUTO-ナルト- 606:夢の世界 今週のジャンプ・ナルト感想 (WJ47号)  その2

NARUTO 606:夢の世界 その2

 
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(その1の続きです)
 
・オビトが思い出す、マダラの言葉・・・
 
《長く生きれば生きるほど・・・ 現実は苦しみと痛みと
虚しさだけが漂っている事に気付く・・・》
 
あれっ・・これ、602話「生きている」でのマダラの言葉なんですが、あの時マダラは「むなしさ=空しさ」と言ってるんです。 虚しさじゃあない・・・。 
 
これただの間違いか、あるいはオビトは耳で聞いてただけなので、自分で「むなしさ=虚しさ」と解釈したのか。
どっちとも取れますが・・ いずれにしてもマダラが言ったのはホントは「空しさ」です。
 
一方で、オビトは597話で「問題を先送りにし希望という言葉でごまかしても・・虚しい現実が待つだけだ 託した側も託された側も…虚しいだけだ」と言っており、「むなしさ=虚しさ」と言っている。 この違いはマダラとオビトの思想の微妙なズレにつながると思ってます。
(ちなみに、この戦場でガイも「むなしい」という言葉を発してますが、平仮名だった。)
 
ちなみに、マダラとオビトの「むなしさ」の違いについては「602話雑考その2」で自己流の解釈を述べておりますので、参考までに抜粋させて頂きますが・・
《「むなしさ」・・・どちらも「中身がなくってからっぽ」という意味なんですが、「空しさ」は空っぽでゼロ 何も無くって甲斐が無い効果がないといったイメージが強く、「虚しさ」は中身が窪んでいて偽りであるというイメージが強い》
オビトの場合「虚しさ」を選んでいるのは、現実は虚しい=嘘ばっかり、カカシが約束を守ってくれなかったこと、カカシとの共闘でリンを守るという夢は『虚』であったことが何よりも虚しく思えてるんじゃないだろうか。
 
そして、マダラが言っている《痛みと生きる》。
 
602話「生きている」で、傷がズキン!と痛んだオビトに・・マダラ爺ちゃんは言うんですよね、
 
「痛みを感じるということは… まだ生きているということだ」、と。
 
肉体の痛みを感じる事は「生きている」という証。
その痛みは、オビトにとって「生きている」、だからリンとカカシに会える・・・また一緒に戦って今度こそ仲間を守れる忍になれるという希望をオビトに与えたんです。
肉体の痛みは「生きている」ということ・・それは希望でした。
 
だけど、心の痛みは絶望につながる。 
戦い続け、奪っては奪い返し、憎しみが膨れ上がる・・・過去から続く心の痛みについて、穢土転マダラは言っていた・・・
 
「それが生きていくということだ」、と。 (562話「己を拾う場所」で)
 
“生きている”と“生きていく”・・・これのニュアンスは似てて非なるモノ。
 
“生きている”は生を実感できるものであって、前向き肯定的な言葉ですが・・・“生きていく”というと苦難の中を生き続けるという意味でもある(と思ってます。・・これ、過去記事「生きていく、ということ 参照ってこと似させていただきます;)。 ちょっと前、オビトが肉体的な痛みで感じた《生きている》希望は・・心の痛みで《生きていく》絶望に変わってしまった。 これが本当の「痛み」・・・・
 
《いいか この世は全てにおいて 光が当たるところには必ず影がある》
 
そして・・・《光と影》。
 
マダラは光と影という表現をしてますが、おそらく柱間を光、マダラ自身を影にたとえていると思うんです。対を成すモノとしての「光と影」。 
これ・・・ダンゾウの場合は対を成すモノとして「光と闇」と言ってるんですね。そしてヒルゼンが光を浴びる木ノ葉で、ダンゾウ自身は闇の中の根だと言っている・・・(481話で)。 ダンゾウは「忍の闇」の別名を持つ男ですが、を自認しちゃってるんですよね。 それは陽の当たらないダークな仕事を承知で引き受ける覚悟だったと思うんです。
 
でも、マダラは己を「闇」とは言わない・・・「影」なんです。闇と影、これも似てるけど大いに違う。
 
「闇」っていう文字は『月のない夜』という意味で、真っ暗な光の無い状態なんです。「月」のイメージが強いうちは一族に「闇」は似合わないし、そもそもマダラは世界を救済したいと考えているわけで 本人は自分が闇だと思っているハズがない。
 
だけど「影」は、光のある場所に出来る「形」であって、明るいところに存在するモノなんです。光を浴びる事で浮かび上がるのが「影」。そして影の文字には、本来「物を照らして明暗をつける光」という意味や、「月の光」という意味もあります。・・・だからマダラは自身を闇や陰ではなく「影」という。
 
マダラとオビトは闇ではなく光の中の「影」である認識だと思うんです。だからダンゾウみたいな闇とは違う・・・
小南に「アナタは闇」と言われた時、オビトがショックを受けたのもちょっと分かる気がするかな・・。
 
《勝者だけの世界 平和だけの世界 愛だけの世界》
《それらだけの世界を造る》
 
「リン・・・」
「もう一度・・・」
 
「もう一度・・・ 君が居る世界を創る」
 
マダラの「造る」とオビトの「創る」。
 
オビトは「墓の前で英雄が哀れに言い訳をする必要のない世界を創ると言っているのだ」と597話でも言っていて、明らかにマダラの「造る世界」とは使い分けられているんです。
この「つくる」の用法の違いについても、602話雑考で私見を述べておりますので、それを参考にして頂けると有難いです(再び602話雑考から抜粋ですが・・・)
 
《オビトが言っている「る」は全てを一から“新しく”創り上げること・・(中略) 
だけど、マダラが言ってる「造る」という言葉、という文字には本来《2つでペアを成すモノの“片割れ”だけを寄せ集めてでっちあげる》という意味があります。マダラが造ろうとしているのは、まさに本来2つでペアを成すモノの片割れ「勝者だけ、平和だけ、愛だけ」の寄せ集めであり、まさに「造る」》
 
オビトが言ってる「創る」、これは全部最初っから新しくつくることなんです。(そして「創」という文字には、「刃でつける傷」という意味もあり・・「物事を始める時はまず最初に刃物で切れ込みをいれてから始める」という意味から「創」になったようです(漢和辞典によれば)。 オビトは全てを始めるための「刃」に自らなろうとしてるんじゃないか・・。
そしてマダラは「造」・・本来『ペアになっているものの片方だけを選んで寄せ集めてつくる』という意味の造を使ってる。 マダラの考えの基礎になっているのは「因果を断ち切る」ことなんです。
 
で・・オビトは「造」は使わない。
 
オビトは因果を断ち切るとは言ってるけど、カカシを生かした。本当には断ち切ってはいないんです。
オビトは本来2つで1つであるモノを切り離せないでいる・・「2つで補い合う」発想を捨ててきれてはいないんです。 そこがマダラとオビトの大きな違いであり、コレはこの先重要になってくると確信しています。
 
《君が居る世界》・・・・
 
居る、って言葉も大事な言葉でして・・・これも先週と重なるんですが例えば「ここに居ていいのよ」とか「オレは地獄に居る」とか・・・
 
忍ってのは「居」を探し続けてるような気がするんです。 居る、とは忍達にとって「生きている」という言葉と同義。 いや、いつ命を落とすか分からないと覚悟している忍にとって、命より大事なのが「居」なのかもしれません。
「自分」の存在価値と「自分とは何か」に迷い続け、拠りどころを探し彷徨い続ける忍が心から求めているモノ・・・それが己の《居場所》。 自分が居ていい場所・・・帰る場所。
オビトの場合、彼の居場所(帰る場所)はリンが居るところ、そしてカカシが居るところなんですよね。 
二人が生きている世界・・そこがオビトにとって「居場所」、そして帰る場所。
 
もちろん、それを「もう一度創り直す」なんて発想は間違ってる。命は1つしかないから尊い
だからカカシにはオビトに「違う」って言ってやって欲しいんです、眼ぇ醒ませ!と。
だけど、オビトの気持ちも痛いほど分かっちゃうんですよね・・・。大好きな人が死んでしまったら、そして自分なら「彼女が生きていて、誰もが悲しみの涙を流さない世界」がつくれるなら・・・全ての悲しい涙を流す人たちの為になるのなら、オビトが「自分がやるしかない」と思っちまうのは。
だから・・・オビトのこの「気持ち」そのものは、なかなか私には責めることができない。だって・・そう思う気持ちは「優しさ」から生まれるものであり、愛から生まれてるのだから。

リンの死は悲しく、リンの一生はあまりに儚いモノだったかもしれない。 
だけど、オビトみたいな優しい子に愛されたこと、それだけは幸せだったかもしれない。
リンは、どこかでちゃんと見てるんじゃないだろうか・・?
オビトの本当の意味でのカッコよさ、オビトの優しさ、
オビトの想いをちゃんと感じてるんじゃないだろうか。
 
 
 
《オレが・・・》
 
《この世の因果を・・・》
 
《断ち切る》
 
 
ちょっと前まで「インガ」の意味が分かって無かったオビト・・・
「因果」とは、直接の原因と、間接的な条件(縁)の組み合わせで様々な結果を生起すること・・・
そしていい結果ではなく「不運なめぐりあわせ」の意味でもある。たとえば、愛と憎しみが戦いを生む、みたいな・・・。マダラに言わせれば「光と影」も不運なめぐりあわせ、因果なのかもしれない。
 
オビトは、かつては・・カカシとのめぐりあわせは「強くなれる」と信じていたわけだけど、カカシとのめぐりあわせは「不幸」でしかなかった。 
眼と獣であり、心の忍だったオビトと刃の忍だったカカシ・・・ 二人のコンビネーションで本当の「忍」になれるハズだった。だけど・・・オビトはカカシとの因果を断ち切ってしまった。
 
いつもペアで描かれる事が多かった『カカシとオビトの写輪眼』は、ここで絵がバッサリと斬られている・・・
オビトはグルグルを被ることで、二人の「共闘(コンビネーション)」という夢を、この時断ち切った。 
これが、オビトの「断ち切り」・・・
 
月の光に照らされた、オビトとリン・・・
 
オビトはリンを抱えているけど、オビトの体はグルグルで覆われてるんですよね。だから・・オビトはグルグル越しにリンを抱えてる。 まだ「マダラの腹心」であるハズのグルグルは、オビトの「心」と温もりに何かを感じただろうか・・・?
 
 
グルグルを着て月光を浴び、1つの眼しかないるオビトの姿は・・・
 
何だか小さな十尾(ジュウビ、トオビ)みたいに見える・・・
 
 
・・・オレが この世の因果を・・・ 
 
断ち切る
 
 
 
(その3へ続けます)
 

 
 
 
 
 
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