ナルト好きブログ!(NARUTO考察・雑考)

NARUTO-ナルト-の考察(伏線、言葉、人物考察などなど!)続行中!

NARUTO-ナルト- 631:第七班 今週のジャンプ・ナルト感想 (WJ26号) その2

NARUTO 631:第七班 (2)

(その1の続きです)

・《オレの子なら・・・2》

「ナルト よくやってくれたね 少し休んでなさい」 (ミナト)
 
・・ミナトって、何だか“お母さんみたい”に優しい(だから、クシナが「女男」なんて言うんだ・・クシナは男女だけど)。
 
かつての「ミナト班」に訳アリな子供達・・白い牙の息子カカシ、マダラ直系オビト、何かありそうなリンが集められたのも、ミナトが彼らの「お母さん代わり」になって癒す為でもあったのかと思ってしまいます。 カカシが訳アリな「第七班」のことも、時に「お母さん」みたいに見守ってきたのも(ナルトに野菜を差し入れしたり)、ミナトの影響が大きいんだろうか。
 
そして、ミナトがナルトに伝えた「よくやってくれたね」の言葉・・・これには「よく皆を守って頑張った」というだけじゃなく、「それ以上の意味」が込められているような気がするんです。 
「この前」ナルトに会った時、つまりペイン戦でナルトの九尾化を止めた時(440話)、ミナトがナルトに伝えた言葉…
 
「お前に九尾のチャクラを半分残して封印したのは この力を使いこなすと信じていたからだ… 
オレの息子ならと
 
“あの時”の言葉を、ナルトが「やり遂げてくれたこと」への「よくやってくれたね」でもあったんじゃないだろうか。 
 
620話で、穢土転されたばかりのミナトが“感じていた”ナルトと九尾のチャクラ… あの時、ミナトは即座に《ナルトが九尾のチャクラをトランスしていた》のを感知してたんですよね、つまり《ナルトは九尾の力を使いこなしてくれている》…ミナトはナルトに「感謝」の想いでいっぱいだったのではないだろうか・・・? だから、どうしても伝えたかったんじゃないだろうか、「よくやってくれたね(ありがとう)」の言葉を。
 
 
・《オレの子なら・・・3》
 
 
(ミナトの奴… これは…)
「まさかと思ったがミナトまで…!」 (九喇嘛)
 
ちょちょっと… び、吃驚しました、ミナトまでメラメラとナルトと同じ「九尾モード」になるとは!! それに見た目もナルトそっくり!
 
・・・でも考えたら不思議はないんです、「当然」なのかもしれないんです。

「ミナトも」ナルトと同じ九尾モードになれるのではなくって、
「ナルトも」ミナトと同じ能力を持っているから九尾モードになれる・・ってことだと思うんです。 
 
ナルトにはミナトと同じ《トランス能力=チャクラ転換能力》があるからこそ、九尾から貰ったチャクラを『自分のもの』として使いこなすことができる。 そして「今のミナト」は、自身の中に「九喇嘛の陰チャクラ」があるから、いわば「九尾の人柱力状態」・・・だからトランス能力を使って「九尾モード」になれる(のだと思います)。 う~ん気になるな・・「陰チャクラ」のほうには、「九喇嘛の意志(心)は別にあったりしないんだろうか」。
 
ミナトはまだナルトの「九尾モード」は見てないのに、「いきなり使いこなせちゃう」ところは「天才ならでは」なのか、「ミナトも運命に選ばれた一人」だからなんだろうか。
 
そして、ナルトとビーの「尾獣チャクラの使い方」が違うのも、ビーには「トランス能力」は無いからだと思うんです。 ビーは「八つっあんと共闘」は出来ても「八尾モード」にはなれず、あくまで「チャクラの衣を纏う」バージョン1とか、尾獣化を人型にした「バージョン2」とか、「完全尾獣化」しかない。
 
「なっ!なっ!オレの父ちゃんスゲーだろ!!?」
 
「そんなことはお前より分かっとる! このワシを分けてでも封印しきった男だ!」
 
九喇嘛が言ってる「このワシを分けてでも」という表現ですが、本来「1つ」である九尾チャクラを「陰と陽」(-と+かな)に分解する事なんてのは「ミナトのトランス能力」だからこそ可能なんだと思います。
九喇嘛、相変わらずミナトのことを褒めてますね・・なにせ大きな「キッカケ」を作った男ですから・・九喇嘛はミナトに感謝してるんだろうなぁ・・。
 
これで「九喇嘛の陽チャクラ」のナルトと、「九喇嘛の陰チャクラ」のミナト・・・九尾チャクラを親子2人の共闘で使う(かもしれない)展開になるとは正直驚きで、想像するだけでワクワクしちゃいます。いったいどうなるんだろう?・・・これもまた「夢のような」展開。
 
そして、改めて考えさせられる『分ける』事の大切さ…
 
本来なら1つであり、1人でやるものを陰陽2つに分けて「共闘」させること、それによって新たな力が生まれるのかもしれません。 それなら、本来同じ1つの術である「神威」だって、オビトとカカシ2人で分けて共闘することに大きな意味があるはずで、あの2人の共闘は「間違いなくある!」と期待しちゃいます。 六道仙人の長男家系の持つ瞳術の「神威」と、六道仙人の次男家系が持つ肉体活性の「飛雷神」、どちらも2つの共闘で「完成」するのかもしれません。
 
「神無毘橋」でオビトが自分の眼を半分カカシに与えた選択、そして「九尾事件」でミナトが九尾チャクラの半分をナルトに与えた選択。 それが「今になって」重要な選択だったことが分かるんじゃないだろうか(と思っています)。
 
 
「行くぞ忍法---」
「四赤陽陣(しせきようじん)!!!」
「さらにワシだけ加えての――」
「仙法・明神門!!」 「封十(ふうとう)!!!」
 
 
「四紫炎陣」の何十倍も強いという「火影級ならではの」赤い結界、そして柱間の仙人モードならではの「明神門」が十尾の尻尾を抑え込む…ナルトが九喇嘛に使ってた「鳥居型」の六道仙人の力と同じですよね、アレ。 
つまり、ナルトは六道仙人の次男の能力はほぼ全て受け継いでいる事になりそうですが、対するサスケもおそらくは六道仙人長男の力を極めた「眼」を持っているのでしょうから、ナルトとサスケが「共闘」すれば 本来なら1つである「六道仙人の力」を2人で「陰陽」分担して共闘することになる・・・六道仙人以上の力が引き出される事は間違いない(だろう)と思うんです。
 
しかし「来ていきなり」十尾に対処しちゃう辺り、流石は火影達・・・
 
(そして、遂にナルトとサクラの前に「サスケ」が到着・・・)
 
 
「ずいぶん遅かったじゃねーのサスケ!」
 
「サスケ…くん…?」
 
「…… サクラか…」
 
 
サスケ、遂に「仲間」のところへ帰ってきましたね…!あれから・・もう4年ぐらい経つのでしょうか・・?
それも「連れ戻される」のではなく、「自分で」帰ってきた。
まさか「サスケが増援として来る」なんて・・それこそサクラは「夢」を見てるような気分じゃないでしょうか? 
 
そういえば、かつて中忍試験で・・・ど派手に遅刻してきたサスケに、《へっ!ずいぶん遅かったじゃね-の!》とナルトが同じ事を言ったことがあります(13巻109話)。 あの時サスケは《あんまりはしゃぐんじゃねーよウスラトンカチ》と微笑んで返していたんですよね。
 
今回、ナルトがあの時を意識したかどうか定かではありませんが、あの時みたいに「遅刻してきたサスケ」に同じ言葉をかけてるんです、だけど、サスケはナルトの言葉には『無言』・・・ウスラトンカチは不発に終わりました(残念)。 しかしまた、冷静だなぁ・・・ナルト!(「旧友との再会」に興奮したどこかのオトナとはえらい違い・・)
 
でも「せっかく戻ってきたサスケ」は、かつての「サイ」みたいに感情を失った顔に見えるんです。
もうサスケは大丈夫かと思ってたのになぁ・・木ノ葉のヘラヘラと笑っていた連中を前にしたら、やはり「すんなり」とはいかないのでしょうか。 
 
そして、集まってきて「警戒する」同期達には「相変わらずやかましい奴らだ・・・」とだけ答えたサスケですが、サクラの質問には(一応)答えていく・・、
 
「色々あったが… オレは木ノ葉の里を守ることに決めた そして…」
 
(ナルト、真剣な表情でサスケの言葉を聞いている)
 
 
「オレが…」
 
「・・・火影になる」
 
 
ギ、ギャグですか・・・・?みたいな空気になっちゃってるけど…
 
聞いた同期全員、赤丸まで目が○○になっちゃってるんですが…この空気の中での火影宣言…サスケも…天然なのか? イヤ、私はサスケは「至極真面目」だと思っております。 真面目すぎるぐらいの発言だと。 
 
さらに私個人的には、サスケは火影は大アリだし、いや・・サスケは「火影になったほうがいい!」とさえ思うんです。
 
実は少し前に「サスケが火影になればいいのに」 「ナルトとサスケ二人で火影になればいい」 「うちは一族から火影を出すべき」という話をコメント欄でさせていただいてたのです。今度は「うちは」が火影になったほうがバランスが取れるんじゃないかと・・
 
だけど、サスケはこの空気の中で唐突に言うもんだから、皆、目が○○になっちゃって「ギャグかましてんじゃねー」と言われちゃうんだし(そりゃ言われますって)、まずは意志を行動で示してから言うもんでしょ! この間まで「木ノ葉を潰す」と言ってた人が、突然「火影になる」って言い出したら、そりゃあ誰だって唖然としちゃいますって。 
サスケは過程(プロセス=色々)をあまりにも略しすぎで、その前にちゃんと自分を認めてもらわなくちゃいけない。 でもサスケって、こんなにマイペースだったっけ? 
 
だけど、ここでもまたナルトは真剣なまなざしで「・・・・」と聞いているんです(まるでうちは一族みたいだが・・)
 
ナルトにだって、サスケの「色々」は知らないわけだけど、少なくとも《イタチの真実》は知っている。 だからサスケを理解できるし、サスケの「決意」がそれなりの覚悟と想いがあっての事だと分かってると思うんです。だから「真剣」。 だけど他の子たちは《イタチの真実》も知らないから「分からない」のは当然なんだし、だからこそ大切な「色々」は略しちゃダメだと思うんです。
 
「今までの事がチャラにできると思っているのか」 (シノ)
 
「ああ…チャラにはできないだろう だがお前らがオレの事をどう思うかは関係ない」
 
「・・・!」 (ナルト)
 
「今までの影達がこの状況を作った だからオレが火影になり里を変える」
(岸壁を背景にした無表情なサスケの顔のアップ、なんだか「火影岩」みたいですよね)、
 
サスケが「オレの事をどう思うか関係ない」なんて言うのは、まだサスケの心には「埋められない穴」があるからだと思うんですよね。 周囲は「イタチの犠牲」を知らないまま、イタチを「極悪人」だと思ってる…だからサスケには《お前らには分かるもんか!》という突き放す、諦めた発言に繋がるんだと思うんです。 
サスケ自身も「お前らに関係ない」はなくって、自分から仲間に入っていって「独りの世界に逃げ込まない」ようにしないと。
 
サスケはイタチに愛を貰い、ここに「居ていい」と自分を認めることが出来たけど、でもまだ「他の皆」にその「穴」を埋めてもらってないと思うんです。 その為にも、サスケが「諦めちゃあダメ」で、自分から行動で証明しないと・・仲間も穴を埋めてはくれない。
 
サスケは「イタチが守った里を守る」と言い、そして「里を変える」と自分の考えも加えているわけですが・・・私はサスケのこの考え方は、未来へ向けて「大きな一歩を踏み出したモノ」だとも思うんです。 
なぜなら、それって忍連合の《託された意志を守っていく》考えとマダラやオビト、大蛇丸の《変えていくべき》という考えの「両方」を歩み寄らせた答えだと思うからです。
 
それは、ナルトが実際に「行動で示してきた」モノでもあるんですよね。父ちゃんが遺した「螺旋丸」に、ナルトならではの「風遁」を加えて「風遁螺旋手裏剣」を新たに完成させた… 同じ形をずっと守り続けるのではなく、「臨機応変に」変えていくことも大事なんじゃないかと思うんです。
630話でカカシが出した答えも、「オビトの想い」に「自分の想いを加えた言葉」だったし、そうやって「大切に受け継がれるもの」に「自分ならではのものを加え変えていく」事が、これからは大事になっていくんじゃないだろうか・・・?
 
そして、それこそ 大蛇丸が木ノ葉崩しで言っていた、例の《止まっている風車はつまらない》ってことだとも思うのです。
 
(その3へ続きます、すみません)