ナルト好きブログ!(NARUTO考察・雑考)

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NARUTO-ナルト- 641:君らがメインだ!! 今週のジャンプ・ナルト感想 (WJ36号) その2

NARUTO 641:君らがメインだ!! その2

 
(その1の続きです)
 
(サスケ) 「オレがスキを作る!」
(ナルト) 「イヤ!オレ達でだ! メインは父ちゃん達にまかせる!!」
 
「まったくもう!」 (ミナト)
「行くぞ…四代目」 (扉間)
 
ナルト達がフライングした事に「まったくもう!」なんて反応・・・“父ちゃん的”というよりもやや“母ちゃん風”というか・・・ミナトは本来冷静に対処するタイプなのに、ど~も「息子さん」が絡みますと親目線全開になる。 でも、これは「まったくもう」仕方ないというか、微笑ましいというか・・・大目に見てあげましょうか(笑)。 そこを扉間がうまく気遣いして冷静に「行くぞ四代目・・」なんて言ってくれてますが、扉間は子育て経験もあるのかな・・? 
 
 
 (扉間) 「分身での飛雷神はやはり遅い… ワシら2人で飛雷神回しをやるぞ お前もマーキングをワシに付けておけ」
 
(ミナト) 「ハイ…この体なら… 当たってからでも…」
   
《飛雷神互瞬回しの術》・・・これ、飛雷神の術を使える人が2人以上いないと出来ないから、2人とも「初めて」ですよね、きっと。 普通だったらあり得なかった「違う時代を生きた飛雷神の術ユーザー達による飛雷神の夢の共闘」を見ることが出来たのも「穢土転生の術」のおかげ・・と言っちゃっていいでしょうか。
 
しかし、どうやら飛雷神の術でも「分身だと」遅くなるらしく、オビトに黒チャクラ(仮称)でガードする時間を与えてしまうらしいですが、何なんだろう…とにかく最近、やたらと《分身ではダメ》がキーワードのように出てくるのが、ずっと気になってるんです。 これ、いずれ何かの重要ヒントになってくる気がしてならないのですが、今はまだ「何か」としか言えない・・。
 
飛雷神のマーキングの「形」が扉間とミナトで違うのは、これは己のチャクラを認識するための「マーキング」だからなのでしょうか(ビリビリとした電磁的な己のチャクラを閉じ込めているのだと推測していますが)…要するに赤丸のマーキングみたいなモノといいましょうか…ミナトがクナイを大量にバババっと投げ放ってマーキングをしまくる姿(57巻エーの回想)は、赤丸のダイナミックマーキングを彷彿とさせます。 
 
さては・・・犬塚家の戦法がヒント? 
 
(サスケ) 「ナルト 今度はオレが写輪眼でお前のチャクラ比に合わせる」
(ナルト) 「ンとに負けず嫌いだってばよ コイツも!」
 
・・・ってことは、この前(634話)の共闘ではナルトがサスケの加具土命とチャクラ量を同じに調節してたんですね。 《同じ力で合わせるのがコツ》というのはエービー兄弟の雷犂熱刀でも散々出てきた話ですが・・これ、誰とでも出来るという訳ではなさそうだし、かなり難しそうです(器用になったな…ナルト)。 成功後のナルトの「ヘッ!」というドヤ顔は、上手くチャクラ量を調節して「自分が」成功させたことへの「ヘッ」だったのでしょう(まだあの時、サスケはオレ一人でやる!的なノリでしたから)。
 
でもキバほど露骨ではないとしても、サスケも結構負けず嫌い・・・ライバル意識剥き出しですよね。でも、それが結果として「大きな一歩」に繋がってる・・・「オレ一人でやる」と言ってたハズのサスケが「ナルトと一緒なら、より強くなれるってことじゃねーか」とここまで思えるようになったのだから。
 
そして、ナルトが「オレ達」の「達」を強調したのも、イタチに教えられた「オレオレにならない事」をサスケにも伝える為なのでしょうけど、こういった端々にも、ナルトの「イタチとの約束を守ろうとする」誠実さが見えてきます。 イタチとの約束を守る事・・・それもナルトにとって「ぜってー曲げられねェ」モノの1つなんだと思いますから。 
 
 
そして・・・ついに《ナルトの右手、サスケの左手での共闘》へ・・・
 
 
今まで2回の風遁螺旋手裏剣×加具土命の共闘と今回の違いは、今までは「同じターゲットに向けて術を放ち、放った先で術を合わせていた」に過ぎないのですが・・・今度は「両手で合わせて」の共闘ってこと・・・
 
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《風遁・螺旋手裏剣!!》
《炎遁・加具土命!!》
 
《同じ方向を向いての、ナルトの右手とサスケの左手を合わせて》の共闘、
つ、遂に来たか――――!! どれほどこのスタイルの共闘を待ったことか(感涙)。
 
最近では631話、640話の雑考でもちょいと触れましたが、サスケが本来の利き手ではない「左手で千鳥を発動する」事には非常に大きな意味があるとずっと考えておりまして…それはナルトの「右手の螺旋丸」と手を繋ぐようにして合わせる為じゃないかと考えられるのです。
 
もっとも、今回は「千鳥」ではなくて「加具土命」ではありますが、いずれは同じポジションで「螺旋丸と千鳥」で・・と願っております(この2つの術は、2人にとって特別大切な術だと思うので)。 
ただし、それはサスケが「カカシが写輪眼を手にした理由=千鳥誕生秘話」を知って、サスケが「カカシとオビトの意志」を受け継いでからであるべき・・とも思っています。 だから・・・これは「まだ」当分先かなぁ(汗) ・・・
 
男どうしで「手を繋ぐ」ってのはちょっとナンですが、「2人が同じ方向を向いて、優劣なく横に並ぶ」ことには意味があると思うんです。 同じものを見て、同じことを考えて「並んで」…という意味で。 
いずれは、これ・・・カカシとオビトの「2人揃えばより強くなれるって事じゃねーか!」に話が繋がっていきそうな予感はあるんですが、これもオビトが「仲間のところに戻ってくる時」になるでしょうから、まだまだ先になりそう・・・。 でも何をするにも1人より2人、だから「火影」だって凸凹を補い合える「ツイン火影制」がいいんじゃないか・・と思ってしまうんです。
 
 
《君らがメインだ!!》
 
「名付けて灼遁・光輪疾風…… とにかくそのままいけェ!」 (ミナト)
 
 
自分の子供をサポートしたいミナトはともかく、扉間もちゃんと「自分達はメインではなくサポート役」と心得ている人なんですよね。 639話でも己の穢土転生体の再生メリットを活かして「十尾の人柱力」能力を試して「情報を提供したり」…今回の「飛雷神の術」だって、ナルト達を守るために巻き添え覚悟で使ったりと、さすが金角部隊を相手に「自分自身が囮になって部下達を守った人」だけはあります。やはり・・ここはナルトとサスケ、そして「今の忍」がメインでなくちゃ。
 
多分、オビトは『無事』だろうとは思うんですが・・次回、ナルトとサスケの息が合った共闘にオビトがどういう「反応」をするのかも、少々楽しみ・・かな。
 
 
 
そして・・「その1」でチラッと申し上げた、第639話最後のほうに出てきた・・例の《サスケがナルトの顔をぶった切ってた絵》についての話なのですが (↓これ)
 
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先週(640話)を読んだあたりから、ど~も(639話雑考で書いた)自分の解釈が間違っていたんじゃないかと思い始めました。 
サスケが《第七班のみんな》を思い浮かべた後⇒「切れたナルトの写真」が出てきてその直後に《過去を切るのはオレ》のセリフという流れだったから、てっきり《サスケはナルトを切るつもりなのか?》と思い込んでしまったのです。 でも・・・アレは、作者による巧妙なトリック、引っかけだったのではないかと思うようになりました(汗たらたらっ・・)。 
 
実はサスケは・・・『過去に切った写真を、元に戻そうとしていた』だけなんじゃないだろうか?
 
最初にナルトを守りながら思い浮かべていた「第七班の写真」の状態のように・・・一度は切ってしまった仲間との絆を「元に戻そうとしていた」んじゃないだろうか。 でもまだ完全に戻って無くて「途中」なモンだから、あのように「少々ズレてる」のであって・・・アレは修復の途中、やっとここまで「戻ってきました」という意味じゃないだろうか・・?
 
・・というのも、640話でオビトが千切られていくミナト班の写真をド根性で(?)元に戻そうとしてましたけど(写真には破れた痕跡は残ってましたが)・・それと同じで、サスケも過去に一度は「完全に断ち切った」ナルトを、今必死で元に戻そうとしてるんじゃないかと思えてきたんです。 
実際、過去にサスケは第七班・・特に「ナルト」を切り捨てていましたが、あんなふうに「ズレてる」程度じゃなく、スパッと草薙の剣で「切り落としたように」捨てていたと思うんです。 だから、あの絵は「やっと、あそこまでくっつけた」という意味と解釈した方がスッキリするような気がするんです。
 
第七班の写真の中で「実はナルトだけを切り捨てていた」ってのが、如何にもサスケらしいんですけど(笑)  なにしろ、ナルトには「人の心を変える力があるから」、そうでもしないとサスケの決意が揺らいでしまう・・それだけサスケにとって『ナルト』は特別な存在なんだと思います。
ナルトはこの約4年間、ずっと「サスケェ・・・」でしたけど、それ以上にサスケは「ナルトォ・・」だったんじゃないだろうか(変な意味じゃなく)・・・なにせ愛情深い「うちは一族」なのだから。
 
当初、私があの絵を「サスケはナルトの写真を切ろうとしている」と解釈してしまったのは、「キレイな写真の絵」⇒「ナルトが切れた写真」⇒「過去を切るというサスケの発言」という流れからの判断・・という理由もありますが、それ以上に「里抜けしてからのサスケ」は、心の声がほとんど描かれず・・読者も最近のサスケの「心の中」をよく知らなかった、サスケが何を考えてたのか読者にもよく分からかったから・・という理由も大きかったと思うんです。 だから、ちょっとでもサスケが「怪しい」言動をすると「悪いほうに受け取ってしまう」のではないか・・・
人間ってのは知らないモノをどうしても疑ってしまう、悪い方向に受け取ってしまう傾向が強い・・・ 
 
自分としてはサスケはダンゾウ戦の時でさえ「闇落ちなんてしていない」と解釈してきたし、ずっと「サスケを信じてきた」つもりだったんですが、それでも心の中に「知らず知らずのうちに」サスケへの「不信」があったのかもしれません。
サクラが《サスケを根拠なく“信じる”ことが出来るのか》・・・これが彼女にとって最大の課題、なんて過去の雑考で書いておきながら・・そして「サスケはナルトを裏切ることは無い」 「今のサスケは改心したんじゃなく“本来の自分を正直に見せられるようになった”だけ」と主張しながら、まんまとあの「トリック画」と「引っ掛け言葉」に騙された気がしております(汗)
 
・・・NARUTOって読者さえ巻き込む「体感型」作品でもあると申し上げておるのは、度々こういう事があるからなんです(キッシーの幻術とも言う)。 分かりやすい例としては・・・「カカシ外伝」がただの「外伝」だと勘違いさせるテクニックだとか、オビトは死んでいると思い込ませるテクニックとか※過去記事)。
 
だいたいサスケが「戻ってきてから」というもの、同期達の「不信」やら、サクラの作り笑顔とか、時折サスケが言う「不気味な発言」やら「オレオレ発言」とか、今でもまだ描かれる「影効果の怖そうな顔」とか・・・そういうちょっと不安になる材料がばら撒かれて読者まで「試されてる」気がしますが、でも大切なのは「かつての仲間思いの本当のサスケの姿」であり「今のサスケの仲間を守っている行動」なんだと思います。 
 
やっぱり、自分は目の前の「疑わしいモノ」に惑わされやすく・・・そして見えない真実を見抜き、それを「信じる」ことは、本当に難しい.。それを痛感しております。
 
 
 
 
☆サスケ、天照を使っても血の涙は流さなくなりましたね。 
☆それとオビトの「左目にチャクラを溜めてたのはバレてる」って言葉・・・なんだか気になりました。
今頃、時空間でカカシも左眼にチャクラを溜めてるんじゃないだろうか・・なんて思ったりで。 その場合、オビトも当然「感じる」のでしょうから・・
 
 
☆長駄文、読んでくださって感謝。
 
 
☆諸事情により日、週によって、おひとりずつコメントのお返事が出来ないことがありますが・・申し訳ありません。