ナルト好きブログ!(NARUTO考察・雑考)

NARUTO-ナルト-の考察(伏線、言葉、人物考察などなど!)続行中!

雑談的な独り言です(アニメのことなどを少々)。

雑談的な独り言です(アニメのことなどを少々)。
 
やっとあと2日で次のジャンプ(厳密には私は日曜に買う人なのであと1日なんですが)…ジャンプが『合併号』連発の間はなんとなく「まだ」年末年始モードが抜けません。やっと次から平常営業かな。
 
その間のつなぎのお楽しみは何と言ってもアニメでして、今シーズン(っていうのかなぁ)はイタチ・サスケの話に始まって、オビトの話まで行って…と、原作でも1つの盛り上がりだった部分。だから、アニメもさらに気になる(今のところ原作でもあの頃がピークだったような…さらなるピークが来るのを待っています!)。
 
木曜日は「地獄に居る」を観たのですが(まだ観てない方はごめんなさい)、あのオビトのプチ十尾化大暴れのシーン…原作ではゾッとする怖さと とてつもない悲しさと、かなり衝撃的な(そして美しくもあった)場面でしたよね。特に「霧隠れの忍達が木に飲み込まれ、その木が月に向かって伸びている絵」…あれは原作の絵がとにかく素晴らしかったので、アニメだとどうなるんだろ…と思ってたんですが、さすがにアニメでは残酷さはマイルド化されていましたが、その分「月から血の涙が降る」描写が強調されて、それはまた違った美しさになっていたような・・ 
それに、カカシがリンを貫いてしまった時の悲しすぎる眼、そしてオビトが「地獄に居る」と言った時の切なすぎる眼…その画はアニメもきれいだった…
アニメで観ると…カカシの眼とオビトの眼(つまりどちらも「神威の眼」)と「満月」はやはり「重なって」同一に感じたんですよね。写輪眼とは月の眼そのものなんだなぁと…
 
そして「グルグルは一体なんだろう」というのが目下私の最大関心事の1つなのですが、んー…オビトがグルグルを着た時の「グルグルの中の空間(神威空間みたいな空間)」の描写が無かったなぁ(と思うんだけど)…それはちょっとだけ残念(個人的にはという話)。
 
というか、次回は弥彦・長門・小南が“暁”を立ち上げたいきさつのオリジナルスト―リーが入るみたいですね… 《弥彦が“暁”を立ち上げたいきさつ》が気になるとか、知りたいと散々言ってきた手前、これは大いに気になるんですが…それやっちゃっていいんかぃ?と少々焦りもあったりで… 原作では「小南は、弥彦とオビトが“暁”を立ち上げたいきさつを知らなかったらしい」(54巻)という謎の「空白」があり、それが私の関心部分なのですが・・・そこはもう1つの物語として純粋に楽しむことにしましょうか(つっこみたくなるのは私の悪い癖)。
 
それにしても、アニメのスタッフの皆様にも、いつも「ありがとうございます」とお礼を言いたい…。どうかこれからも素敵な絵、作品を見せて下さい(ここで言ってもしかたないんだけど…)