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NARUTO-ナルト- 669:八門遁甲の陣・・・!! 今週のジャンプ・ナルト感想 (WJ17号) その2 「眼と獣」の終焉

NARUTO 669:八門遁甲の陣・・・!! その2

 
(その1の続きです)
 
カカシがボソッと突然言った、このセリフの続きですが…
 
正直言って左目は見えなくなってきてまして…」
「神威で的確に狙うにはかなり近づかないと…」

何が「2つめの土下座」かといいますと、カカシの万華鏡写輪眼はどうやら「視力低下していないのではないか?」と今まで散々雑考してきたからです。だって、今までカカシの「視力低下の描写が無かった」ことが、あまりに不思議だったものですから(ブツブツっといい訳)。
移植した眼だから事実上の永遠の万華鏡状態なのかとか、カカシが「獣系(千手系の一派)」家系のせいじゃないかとか、まぁ散々考えまいりました(もっとも、この戦争中にカカシは神威をかなり使っているのに、今のところチャクラを温存できている理由はまだ不明)。
 
しかし、何のことはない…しっかり「見えなくなってきていた」とは…。
 
前述したとおり、29巻でカカシは写輪眼を見せながら「お前の視力どこまで落ちてる?」と尋ねて、自身の“万華鏡開眼”を仄めかしたシーンがありました(あの時のイタチの驚愕顔…イタチって案外表情に出しますよね。というのはさておき) アレは《カカシも視力低下している》描写に受け取れましたが、一方でその後、カカシは《視力低下の素振りはいっさい見せなかった》のです。さらに、この戦争開戦当日(昨日か一昨日)でさえ、忍刀七人衆戦では「左目だけで」遠くまで見通していたり、とにかく、カカシは今まで「左目が見えなくなってきてる」ことは全く感じさせなかった…それだけに「あっさり告白」にビックリだったのです(私としては)。
 
カカシが、今まで周囲に《視力低下》を全く感じさせなかった理由(そして誰にも告げていなかった理由)…それは、その情報が他に伝われば、カカシにとって致命的な情報となり得るからでしょうか。 だから周囲には一切悟られないように、自然に「見えているように」振る舞っていたのかもしれない… 《正直言って》という前置きから判断しても、カカシは「意図的にその事実を隠していた」と思われます(まんまと引っ掛かったってばよ…)。そこは、さすが「プロ」といいましょうか。
 
あえて言うなら、第二部(神威を使えるようになった後)以降、カカシは写輪眼を使う時は、右眼を閉じて左眼だけを開けている事が増えましたが、それは左目の焦点を合わせやすくする為だったのかもしれません。 それと598話では、神威使用後に左目から血を流し倒れてしまった事が一度だけありましたが、あの時以降、ガクッと視力が落ちていたという可能性もありそうです。
 
もっとも、サスケに較べたら「カカシの視力低下スピード」はかなり緩やかです。その理由については、「天照」のほうが「神威」より眼への負担が大きいのではないか…というご意見を以前頂戴したこともあります。 確かにそうかもしれない…「天照」は毎回眼から血を流すほど負担が大きい瞳術ですから。
 
万華鏡写輪眼の瞳術」は、その力も大きいだけに《眼》への負荷も大きく、使うほどに眼は閉じていく… 
「八門遁甲」も、その力が大きいだけに《肉体》への負荷も大きく、使うほどに体は破壊されていく… 
 
それと同じような現象でしょうか。まさに両方とも《諸刃の剣》…
 
そしてもう1つ、サスケに較べてカカシの視力低下スピードが緩やかだったのは、
サスケは(イタチの眼を移植する前は)かなり大荒れだったし、眼の使い方も荒かった。 
一方カカシは、万華鏡を使うのは「かなり限定的」…どうしても必要な時に限っての使用でした(特に「対オビト戦」までは)。そりゃそうですよね、左目は《オビトから預かった大切な写輪眼》だったのだから、少なくとも「この眼でこれから先を見てやるからよ」とオビトに頼まれた“約束”を果たすまでは、絶対に失明させる訳にはいかなかったのでしょう。
 
カカシが左目を大切に扱ってきた過程を思うと、如何にカカシがオビトの事を大切に想い、オビトの意志を守ろうとし、オビトと共に先を見たかったのか…改めてカカシの「左目に対する想い」を思い知らされます。 それだけに、カカシにとって《この左目の役目はもうじき終ろうとしている》事実は重大な事に思えるのですが、思いがけず“突然”しかも“さらっと”語ったので、こちらとしては正直驚いたというワケです。 カカシは写輪眼のカカシの終焉》をごく自然に受け止めている、という事ですから。
 
でも、それもそうかもしれない…。
「オビトは生きていた」のだし、「この眼で」共に先を見るという約束も果たせたのだから。大切な眼を「プレゼント」されてから十数年、カカシの左眼はようやくその役目を終えて、閉じようとしているのかもしれません。
 
 
写輪眼のカカシ》の物語は、もうじき終ろうとしている…
 
 
なんだかなぁ、物凄くしんみりとした寂しさを感じてしまいました。
カカシがオビトとの約束を果たし、「生きていた」オビトにも再会出来て「本来のカカシ」に戻れるのなら…私としては待ち望んでいた最高の結果ではあるんです。…が、寂しさを感じるのは、これがNARUTOの物語が確実に終わりに近づいている事を否が応でも実感させるものだから…なんですよね。
 
第2巻で「カカシが写輪眼を持っている」事が明かされ、それからカカシはずっと「写輪眼のカカシ」であり続けましたから、なんだか卒業式を迎えるような気分と云うのかな…嬉しいような、寂しいようなそんな気持ちです。
 
でも1つの終わりは、1つの始まりでもある… 
 
…なんて先週のガイの発言に繋がるものでもありますが写輪眼のカカシの終わり」は、カカシが「本来のカカシに戻る新たな始まり」でもあります。
「神無毘橋」で神の配剤により運命を変えられたカカシとオビトは、ここからまったく新しい人生を歩むことになるのかもしれません。
 
カカシは、閉じようとしている「神威の眼」をどうするのか、そもそも「写輪眼」というものが今後(忍術と共に)どうなるかも今は見通せません。でも、カカシにとって今まで左目は「オビトとの友情の証」だったけど、もうそんな「証」は要らないんですよね。だって、もう2人の間には「今も変わらぬ友情と信頼」があることが、この間の共闘で証明されたばかりなのだから。雷切だって、一人で為さなくっても、昔みたいにオビトと共闘すればいいのだから(「雷切」という忍術そのものが戦争後にも必要なのか分からないけど)。
 
 
 
・《そしてリーの言葉に「・・・・」となっていたカカシですが》。
 
今回、カカシは我愛羅に「この技(八門遁甲の陣)の後… 解放者は必ず死ぬ」と説明していましたが(中忍試験の時も同じようにサクラに説明してましたね)、この《必ず死ぬ》という言葉が引っ掛かっています。「必ず」ってのがね…
人柱力だって、尾獣を抜かれたら「必ず死ぬ」というけど、助けられる方法もある。ガイだって助かる方法はあるんじゃないのか…? 
 
それに、ここで言う「死」とは「生命の終わり」を意味するのか、それとも《獣》としての「肉体の終わり」を意味するものなのだろうか。リーが、中忍試験の我愛羅戦で「二度と忍としてはやっていけない体になりかけた」ように…八門遁甲の陣で体のリミッターを無理に全開放した肉体は、体術を使う忍としての肉体を失うという意味だったりしないだろうか。
 
《眼の死》(写輪眼が閉じる事)は、カカシにとって今まで築いてきた写輪眼のカカシとしての名声や地位も失う事を意味します。それはある意味写輪眼のカカシの死」とも言えるのかもしれません。でも、たとえこの「眼」が終わり、「写輪眼のカカシ」が終わったとしても、既に次の世代の青葉は育っている事をカカシも確信しているわけで、役目を果たし「眼が終わろうとしている」ことにカカシは未練も不安もないのかもしれません。だからなのかな・・カカシがあんなにも「あっさりと」、左目は見えなくなってきてる…なんて言えたのは。
 
同じように《木ノ葉の猛獣のガイ》が終わったとしても、次の世代の青葉が育っていることを確信したガイには、不安や未練は無いのかもしれない… カカシには、ガイの想いも「分かる」んじゃないだろうか。
 
この戦場に、ナルトとビーを助ける為に真っ先に駆けつけた《眼と獣》の2人は、それぞれの役目を果たし、役目を終わらせる覚悟を決め、その想いを互いに「分かっている」のかもしれない(と思います)。 
そしてリーの言葉にカカシが「……」となっていたのも、ガイが「獣としての死」を迷わず受け入れることが出来た「確かな根拠」を、リーの中に見たからでしょうか。 
 
「眼」としての役目を終わらせる事を覚悟している(であろう)カカシは、そっとガイの「心」を想ったのではないかな…「獣」として最後の役目を全うしようとするガイの、その「心」を。
 
 
 
 
 
☆(思わず長文になってしまいました)その3まで続けます。
「夕象」と我愛羅の話はその3にて…(火曜日にアップするつもりです)。すみません。
 
 
 
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